単なる、マンガ喫茶やインターネットショップの域を越え、"アプレシオ"をホスピタリティ空間のトップブランドに
起業したビジネスをなんとか軌道に乗せる。"資金なし" "人材なし"といったベンチャーで、この時の視線は「ライバルより、少しでも先を」になるだろう。が、そこから全国展開、上場、そして世界へと躍進する 時、いったい何が必要となるのか。今回ご紹介する(株)アプレシオは、設立当初のまんが喫茶・インターネットカフェ運営を足がかりに、現在、上質なテイス トを持ち味とした"時間消費型複合リラクゼーション施設"の提供で躍進を目指している。昨年2006年から、積極的な新展開を次々と打ち出す、同社代表取 締役馬場正信氏に、これまでの成長の経緯と現在の店舗戦略・事業戦略をおうかがいした。
株式会社アプレシオ
代表取締役 馬場 正信 氏
1980年に(株)シチエ入社。同社内で1986年、レンタルビデオ店「ウェアハウス」を立ち上げ 1999年には株式公開を実現。同年に、インターネットカフェの(株)アイエルワイコーポレーションを設立し、2003年から現在のアプレシオブランドを展開。2005年、社名を現在の(株)アプレシオに改称し、同年、名古屋証券取引所セントレックスへの上場を果たす。資本金は7億4937万円。
社内で発案した新規事業を引き受けるために独立、創業
まず、どのような経緯で起業を決断されたのでしょう。
馬場さかのぼると1981年、私の兄が東京・足立区に弁当屋を創業したのが始まりになります。フランチャイズ事業に興味のあった兄は、手始めにほっかほっか亭のフランチャイズに加盟。その後、ダスキンが展開するミスタードーナツに加盟し、そこが弟である私に任されることになりました。
外食産業の競争が激しくなると、兄は新規事業としてビデオレンタル業に参入。再び私が担当することになり、「ウェアハウス」というビデオレンタルチェーンを展開しました。事業は運良く時流に乗り、「シチエ」というこの会社は、ビデオレンタル業界では初めて上場を果たすことになります(99年店頭公開、2000年東証二部上場)。
ところが上場前、アナリストの方々からこんな質問を受けました。「ビデオレンタル業で上場した後、どうするのですか」と... 私たちにとって上場は長年の夢で、正直なところ、その先のビジョンがあったわけではなかった。そのため、誰も答えられないのです。
社長室長であり、上場担当役員でもあった私は、ビデオレンタルの次の可能性について必死で調べました。当時はちょうど、インターネットが普及し始めた頃。98年頃から、インターネットカフェとまんが喫茶が合体した複合カフェが登場し、すでに2~3社が先行していました。「これならいける」と直感し、役員会議で新規事業として提案したのですが、それをやろうという人は皆無。宙に浮いたその事業を自ら引き受けるため、2000年、アプレシオの前身となる「アイエルワイコーポレーション」を設立、独立したというわけです。
ブランド力を高めるには早期の全国展開が不可欠
独立当時、どのような店舗づくりを目指しましたか。
馬場独立する前、インターネットカフェを見回っていた時に感じた印象は、「オタクっぽくて暗い」(笑)。しかも、「インターネット&まんが喫茶」と看板が出ているのに、フロントに貼ってある紙には「インターネットのことは聞かないでください」と書いてある(笑)。店員に聞いてみると、「当店は、インターネットをよく知っている人が利用する場所なんです」という答えです。私が経営者だったら、間違いなく「インターネットについて遠慮なくご質問ください」と書くでしょう。その瞬間、この分野には、まだまだ大きなビジネスチャンスがあると感じました。
サービス業の原点は、ホスピタリティ精神です。シチエがビデオレンタル業に参入した時のコンセプトは「マクドナルドのようなビデオ屋」。つまり、きれいな店内で、笑顔で接客するビデオ屋です。当時は、ただビデオを借りるだけで、お世辞にもきれいとは言えない店がほとんどでしたが、私どもは店内に豪華な赤いじゅうたんを敷き、他店が30坪なら100坪、100坪なら200坪と、地域の一番店を作っていきました。大繁盛しましたね。
そのような経緯があったので、既存のネットカフェよりほんの少しクオリティが高く、また、ほんの少しサービスの良いお店を作れば間違いなく勝てると感じました。これが、私が目指した店舗づくりです。 2000年、このようなコンセプトで「I LOVE 遊」1号店をオープン。案の定、お客様に大変支持されました。
I LOVE 遊の展開は、どれくらいの規模にまで広がったのでしょう。
馬場創業当初から上場を念頭に置いていたので、できるだけ早い段階での全国展開を目指しました。というのも、シチエがビデオレンタル業界で初めて上場した時、同社が展開していたウエアハウスより、その後3ヵ月遅れて上場したTSUTAYAさんのほうが、全国的な認知度も株価も高かった。それはTSUTAYAさんが、全国的にフランチャイズ展開していたからです。ウエアハウスは直営でしたから、足立区を中心に、東京の北部の一部と埼玉にしか店舗がありませんでした。 市場で評価されるには、いち早く全国展開を実現して、ブランド力を高める必要がある。それには、フランチャイズが最も適した手法です。I LOVE 遊は、立ち上げから2年間で、直営2店舗、フランチャイズ約30店舗にまで広げました。
他とは圧倒的に違うホスピタリティ空間を演出
2003年には「アプレシオ」という新たなブランドを立ち上げます。
馬場当時、あるベンチャーキャピタルの幹部の方に、ウチの店舗をお見せする機会がありましたが、彼の評価は、「クオリティが低くすぎる」というもの。私は、旧来のネットカフェよりも"半歩"先を行けば競合他社には勝てると思っていましたが、彼の目にはまだまだだったようです。私どもとしても、いずれはその先を目指さなくてはならないと考えていましたが、そのためには資金が必要。私は彼に言ったのです。「お金がないんだ」と。それで、ベンチャーキャピタルから2億5000万円ほどの資金を集めました。
一方で、マーケティング会社にも上場のための調査を依頼していました。ホスピタリティあふれる接客と、お客様に対するサービスが自分たちの強みだと思って展開していましたが、マーケティング会社からの報告は「他社との差別化がない」。自分では差別化していると思っていたものが、外部の目からは圧倒的な違いに見えなかったのです。
であれば、原点に立ち返って圧倒的に違いのある店を作ろうと、集めた資金のうち2億3000万円を投資して作ったのが、新宿歌舞伎町のアプレシオハイジア店。450坪の広さは、当時、日本で一番の大きさでした。
それ以降の出店は、すべてアプレシオのブランドで展開しています。現在、フランチャイズと直営を合わせると全国で78店舗。いつの間にか、同業他社さんもウチの店舗を真似るほどになり、2005年11月、名古屋のセントレックスへの上場を達成しました。
全国展開が成功した要因は、どこにあるとお考えですか。
馬場加盟店の方々と一緒に成功を享受する、フランチャイズのシステムとしたことが大きいと思います。既存のフランチャイズは、本部だけが過剰に儲かる場合がけっこう多い。でも私たちは、全体が頑張ることで本部と加盟店の双方が儲かる仕組みにしようと。例えば、上場したときのキャピタルゲインを本部が取るのではなく、加盟店に返す仕組みなどがその一例です。加盟店の方々には、加盟時に「I LOVE 遊ファンド」を一口500万円で購入して株主になっていただきます。こうして、初期の加盟店さんの約半数が株主になってくださいました。
直営店と違って、フランチャイズではブランドコントロールが難しいのではと思いますが、そんな中でホスピタリティを具現化していくための施策は。
馬場ホスピタリティの精神を大切にする人材を育てることが一番重要だと思っているので、社内の人材教育機関として、アプレシオビジネスカレッジ(ABC)を設立しました。
3ヵ月に1度、全国から加盟店さんや社員、アルバイトを集めて研修を実施、現在で16回目を数えます。加盟した当初だけ研修を行うのではなく、継続して参加してもらうシステムであることがABCの特徴。アプレシオで学んだホスピタリティの精神が、その後の人生を豊かにしたと思ってもらえるような人材を輩出したい。それこそが、私がこの会社を作った本質でもあるんです。
出店にあたっての立地判断はどのように?
現在は、首都圏を中心に24店舗を展開するまでに成長されています。
馬場出店基準は、大きく分けて三つあります。
一つは駅前。最低150坪、できれば200坪あると望ましい。ただし、ワンフロアは50坪であっても、多層階が確保できれば問題ありません。24時間営業するためには、周辺にナイトマーケットが必要です。付近に繁華街、バスターミナル、タクシー乗り場などがあれば条件クリアです。
次に、ロードサイドであれば幹線道路のバイパスや国道沿い。周囲に紳士服店やファミリーレストラン、カラオケなど、大型店舗の集合体がある場所であれば24時間営業が成立します。ロードサイド店は、お客様に10分や15分かけて来店いただくことになるので、それだけ魅力的なコンテンツを用意する必要があります。ですから250坪から300坪は欲しいところですね。
最後に、大型ショッピングセンター内。人通りのある場所は家賃が高めなので、二番手のロケーションぐらい。ある意味、センター運営サイドがそのゾーンを活性化したいと考えるような場所に、望まれて出店していくのがベストと言えます。
立地の見切りはどのように。
馬場基本的には、本部の開発部から加盟店さんに店舗をご案内するのですが、私どもの場合、立地の需要予測から算出した売上に対し、家賃が20%以内であることが出店の基準です。家賃が高ければ無理してお勧めはしません。エンターテイメント産業は常にお客様を飽きさせないコンテンツが必要で、余力資金がないと追加投資ができず、衰退してしまうビジネスなんです。
空港への出店で世界ブランドを目指す
昨年は、東京ベイ幕張店や銀座店などを出店し、変革の年でした。
馬場2003年にスタートしたアプレシオは、女性が一人でも来店できるお店を目指しており、これまでに女性層の取り込みにはある程度成功したと思っています。次にターゲットとする層は、シルバーエイジや団塊世代。そういう客層を取り込むためには、従来のまんが喫茶やネットカフェというイメージではなく、その客層にふさわしいブランドイメージやロケーションを追求していく必要があります。昨年、銀座中央通りのモンブラン本店さんの上階へ銀座店を出店したり、アパホテル&リゾート東京ベイ幕張の48階にレストラン&ネットカフェを出店したのも、そういう新しいブランド戦略の一環です。
また、当社は創業時より、アプレシオの世界ブランド化を目標に掲げてきました。今年3月末には、関西国際空港からの受託業務として、「関空ラウンジ」を開設。空港は世界への玄関口ですから、アプレシオが空港で認知されれば、世界への出店チャンスが広がる可能性があります。アプレシオが提供する場所では、安心してゆっくりくつろげる、しかも仕事にも使えるという新たなホスピタリティの空間を提案していければと考えています。出店に際しては、数よりも質を重視しつつ、2010年を目処に日本で250店舗、世界で30店舗を目指していく考えです。
空港やホテル上層階など、これまでにない新しい場所へ出店することで、新たな客層を開拓しつつあると感じています。例えば、東京ベイ幕張店を出店して驚いたのは、裏メニューのご注文をされるお客さまが頻繁にいらっしゃることです。マニュアルを標準化してサービス向上を図ってきた私どもにとっては、初めての経験。ワインについても、私どもがご提供するワインよりも上等のワインのリクエストが多い。つまり、お客さまのご要望の方が、我々のサービスのレベルより高いのです。今は、そういったリクエストに100%お応えしていくことで、サービスの質をさらに進化させていきたいと考えています。
私どもは決してインターネットカフェやまんが喫茶を運営しているのではありません。ホスピタリティを軸に、アプレシオというブランドにお客さまが期待されるサービスなら、どんなサービスでもご提供していきたいと考えているのです。
事業としての可能性がまだまだ広がりそうですね。本日はありがとうございました。