"ひらめき"を生み出すチェーンストア開発の新定石
私たちの生活にとって、今や外食は欠かすことのできない身近なもの。最近では、家でも職場でもない第3の空間、いわゆるサードプレイスとして、単に食を提供するだけでない、様々な付加価値を備えた飲食店が増えつつある。そのような中"大人がくつろげるバーガーカフェ"をコンセプトに、独自のポジションを築く「フレッシュネスバーガー」。商業一等地からあえて距離を置く立地と、消費動向を敏感に捉えた柔軟な店舗運営、そしてユニークな商品構成により高い人気を獲得している。この創業者であり、株式会社フレッシュネス代表取締役の栗原幹雄氏から、業態開発における斬新な発想の源泉と、店舗空間づくりにおける様々な工夫を伺った。
株式会社フレッシュネス
代表取締役 栗原 幹雄 氏
1977年、持ち帰り弁当の草分け「株式会社ほっかほっか亭」の設立に参加。1992年、同社を退社するとともに、独自に「フレッシュネスバーガー」を創業。フランチャイズを中心に、194店(2006年11月末現在)を誇る一大チェーン店へと成長した。他にも、カフェスタイルの和定食屋「ごはん処おはち」、環境にやさしい紙容器を用いた「街の弁当屋」等、消費者のニーズやトレンドを柔軟に汲み取った業態を展開している。
1号店は「何をやっても商売にならない」物件
1992年、まずはどのような物件で「フレッシュネスバーガー」をオープンされたのですか?
栗原:知り合いの不動産屋に「何をやっても商売にならなかったんだが、格安だから見てみないか」と紹介された物件は、敷金不要、賃料は月15万円。場所は東京都渋谷区富ヶ谷。気になって見に行くと、最寄駅の駒場東大前からは徒歩で15分かかり、人通りもまばら。そんな場所にたたずむ木造一戸建でした。
商売をするにはあまり良い物件ではなさそうですね。
栗原:私は当時、ほっかほっか亭に在籍していて、たまたま次の物件を探していた時でした。でも、物件を見た瞬間、店のイメージ、想定顧客、商品構成まで一気に浮かんできたのです。何だかすごく楽しい気分になって、その場で借りることにしました。さっそく企画書を練り、図面を書き上げ、気がつくと夜明け。翌日にはゴルフ会員権を売って800万円ほどの運営資金も確保。もう、いてもたってもいられなかったですね。
そこまで気に入られたのはなぜですか?
栗原:物件を見た瞬間ひらめいたのは、かつてアメリカ視察で見た、南部テネシー州のハンバーガー屋でした。手作りハンバーガーに、バラエティに富んだドリンク。そして、訪れる人にくつろぎを与え、温かみのあるハイタッチな空間。これを、人通りもまばらな都心の中に作ったら面白いんじゃないかと、ワクワクしてきたんですね。
また、一見飲食をやるには不向きな場所かと思いきや、三つの駅の真ん中に位置し、ちょうど車の抜け道が交差した、人の目にもつく角地に建っている。周囲は住宅街で、落ち着いた雰囲気。この立地は、20代以降の世代を中心とした大人のためのハンバーガー屋をやるにはうってつけと考えたのです。
コストを考えないことからの出発
実際にどのような店舗づくりをされたのですか?
栗原:まず、できるだけくつろぎやすいように、座席はゆったりと配置。店装も南部テネシー州の田舎町でよく見られるような、いわゆる古き良きアメリカを意識した、アーリーアメリカン調に仕立てました。また、調理のもようが見えるように、厨房はガラス張りで、手作り感を演出したのです。
店舗のコンセプトに合わせ、商品の作り方にもこだわられた。
栗原:ハンバーガーは本場アメリカにならった調理法で、オーダーを受けてからの手作り。素材も新鮮なものを使います。ジュース類は、目の前で果物を絞る。出すまで5分ほどかかりますが、いつも新鮮かつ出来たてを提供できるわけです。つまり、大人の味覚にたえうるだけの手間をかけた商品なら、駅から離れたこの場所でも、顧客を引きつけられると考えたのです。
開店後、客足はいかがでしたか?
栗原:当初、お客さんは1時間に2、3人、売上も1日数千円でした。「こんな場所で、こんな商売していたらつぶれるんじゃないか」とお客さんに心配されたほどです。事実、当初は原価率100%に近かった。でも、何せ元手がかかっていませんし、あせることはなかったです。儲からなくとも、まずはお客さんに来てもらうことが重要と考えていましたから。
でも、逆にこれが評判となり、口コミで徐々に客足が増えてきたのです。売上も順調に伸び、十分利益も出てきた。業態としてやっていけると確信しましたね。
各地各様を活かす店舗展開
2号店以降もやはり同じような立地で展開された。
栗原:2号店、3号店も、街中を車で走っていて偶然見つけた物件でした。いずれも、一目で物件が気に入り、その場で即決。引き続き、1号店と同じような立地で出店していきました。お店のコンセプトには、人通りもまばらな"路地裏"での展開は欠かせなかったのです。
3号店までいずれも即決。やはり、ひらめくものがあったのですか?
栗原:物件探しは、どれだけ足で稼げるかにかかっていると考えます。私はほっかほっか亭在籍時、下町から都心まで歩き回り、数えきれないほどの物件を見てきました。賃料や間取り等が良くても、業態に合う物件かどうかは、実際の立地を知らなければいけない。道路や歩行者の動線、飲食店の出店状況等、物件広告からは見えてこないたくさんの情報を観察することが必要なのです。
とにかく自分の足で見て回るしかない、というわけですね。
栗原:この経験をもとに、当社では"100本ノック"と名付け、社員一人ひとりが、1日にできるだけたくさんの物件にあたるようにしています。この積み重ねにより、業態開発に必須の、活きた情報が自然に頭の中に入ってくるわけです。
加えて、創業以来続けている"100本ノック"は、データとして保管しており、これをもとに、GPSを用いた売上予測システムを開発しました。地図をクリックすると、エリアの人口、店舗の立地状況等、700項目に及ぶ情報から、売上予測をはじめとする独自の商圏分析ができるのです。
システムはどのように活用されているのでしょう?
栗原:新たに出店を考えるエリアでは、類似の既存店の売上実績をもとにシミュレーションを行います。その結果はじき出された予測値をもとに、個々の物件について検討を重ね、選定を行うわけです。
一昨今は、立地にもバリエーションが出てきています。
栗原:当初は資金不足でできなかったのですが、より業態コンセプトを重視できる計画物件に力を入れています。中でも羽田空港店は、フライトまでの長い待ち時間に、くつろぎの空間を提供したいと考え、2004年、羽田空港第2ターミナルにオープン。空港の開発の進捗に合わせ、2年前から仕込みを続け、出店することができたのです。
また、最近では都心部を中心にオフィス需要が上向き、物件も不足気味です。そこで、メニューを限定し、キッチンを簡素化した小型店舗も展開しています。通常の半分の面積ですので、1店当たりの売上高は減りますが、物件の乏しい地域での出店には好都合なわけです。
最適な物件を安定して確保されているようですね。
栗原:良い物件を確保できても、店が流行るかどうかは、結局、働く"人"にかかっています。店舗運営の要となるオペレーションについては、1号店で実践したような、できるだけ本場の焼き方を再現しています。接客もマニュアル化せず、スタッフの判断の余地を残しています。
店舗により、商品やサービスの質に違いが出るのでは?
栗原:確かに、本来の鉄板で焼く調理法では、焼き加減に多少ムラが出てしまう。また、個々のスタッフの対応も均一とはいかないでしょう。でも、画一的にシステム化できない、顧客に応じた柔軟な対応をするというハイタッチ性こそが、求められている。つまり、それだけ顧客の消費性向が分散化しいて、これを柔軟に汲むことのできるサービスを提供する必要があるのです。
しかし、一方でこれは業態の寿命が短くなっていることとも関係しています。顧客のニーズに合わせ、色々な業態を生むことはできても、運営する"人"を育てることは非常に難しく、時間もかかるのです。
消費動向に柔軟に対応した店舗展開
顧客の嗜好の変化には、どのように対応されているのですか?
栗原:顧客の消費動向は日々変化しています。そこで、業界に先駆け、1998年からウェブによるPOSシステムを導入しました。ネット経由により、各店からのダイレクトな受発注や在庫管理、そして、エリアごとの消費動向の違いに応じて、トラックの確保や物流ルートの探索等、最適なロジスティクスの構築ができたのです。
客層やニーズの違いを、個々の既存店に反映しているわけですね。
栗原:これをさらに推し進めたのが、2003年にオープンした「フレッシュネスカフェ」。蓄積されたPOSデータや商圏分析からわかったのは、都心部にクールな雰囲気のカフェを好む客層が多かったということ。渋谷区道玄坂の既存店を改装し、フレッシュネスバーガーのコンセプトをベースとして、業態を開発したわけです。つまり、一つの業態をベースとして、嗜好、年齢層、立地それぞれにつき特定のゾーンを設定し、新業態を派生させたのです。しかも、フレッシュネスバーガーでノウハウを蓄積したスタッフによる運営が可能ですから、人材を新たに確保せずとも、開発が可能なわけです。
業態のマイナーチェンジを行っているということでしょうか?
栗原:変えたのはメニューや店装だけではありません。例えば、横浜ベイクォーターには 犬と一緒に入店できる「フレッシュネスドッグカフェ」をオープン。周辺に犬の散歩客が多く、このニーズを汲んだのです。また、ドッグライフカウンセラーの資格保有者を従業員として常駐させ、犬の散歩客でない方でも安心して飲食できるよう配慮しています。
今年7月には、原宿に「フレッシュネスナチュラルマーケット」をオープンされています。
栗原:これも、フレッシュネスバーガーがベースで、コンセプトは「オーガニック&ナチュラル」。おしゃれに敏感で、健康に関心の高い20~30歳代の女性が想定顧客です。
このコンセプトに合う物件はないかと探していたところ、もとは住宅で、趣ある外観と温かみある雰囲気を持つ物件を見つけたのです。そして、場所は原宿キャットストリート沿い。口コミでの宣伝効果を活用してきた当社にとって、流行に敏感な女性たちが集まるこのエリアでの出店は、予想以上の効果が見込めると判断しました。また、渋谷駅から徒歩11分でちょっと交通には不便ですが、喧騒から離れ、落ち着いた周辺環境だったことも好材料でした。
フロア構成はどのようになっているのでしょう?
栗原:全3フロアのうち、地下1階と2階には飲食コーナーに加え、物販スペースを設けました。品目は有機栽培による食材、無添加素材の菓子、そしてハワイアングッズに至るまでバラエティ豊か。たっぷりとしたスペースに、約400アイテム揃えています。
そこまで広い物販スペースを確保されたのはなぜですか?
栗原:フレッシュネスバーガーでは、飲食におけるくつろぎの空間を提供してきました。そこに加え、例えばドリンクを飲みながら、より生活に密接した品々を手にとって楽しんで見てもらう。新しいライフスタイルを提供したいと考えたわけです。
アイデアは尽きませんね。
栗原:今後考える業態は、より大人の50歳代をターゲットにした、オールド向け店舗。この世代の人たちに食を味わうだけでなく、もっと食を楽しんで欲しい。そのためのしかけをたくさん盛り込んだ、今までにない業態も面白いかもしれません。
今後の飲食業の新しい形が見えてきそうです。本日はありがとうございました。