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Vol.1 サイボウズ株式会社

  • 2005年12月7日

モノづくりにこだわる ITベンチャーが織り成す、オフィス戦略

いわゆる"1円起業"が可能となり、様々なベンチャー企業の台頭が予想される昨今、小資本でビジネスをはじめるこれら起業家にとって、オフィスのつくり方や運用は、重要な懸案事項に違いないだろう。ここでは、成功をおさめたベンチャー企業に、そのオフィス戦略の経緯と進展をうかがう。Webグループウェア「サイボウズOffice」を展開する高成長ITベンチャー、サイボウズ株式会社の代表取締役社長、青野慶久氏へインタビュー。事業立ち上げから、東証マザーズ上場、そして現在に至るオフィス変遷と、事業戦略とを結びつけたオフィス創出の工夫をうかがった。

サイボウズ株式会社 代表取締役社長 青野 慶久氏

サイボウズ株式会社
代表取締役社長 青野 慶久
(本名:西端 慶久)

1997年8月、松下電工出身の青野、高須賀両氏と、ジャストシステムで開発を行っていた畑氏の3名でサイボウズ株式会社を創業。Webベースグループウェア「サイボウズOffice」をインターネット上で販売開始した。現在までに同社のグループウェアは、累積計約2万1000社、200万人(2005年11月時点)のエンドユーザが使うまでに販売数を伸ばしている。

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創業は職住超近接の松山市のマンション

1997年創業時、なぜ松山市を初の拠点として選ばれたのですか?

青野:松山市を最初の拠点に選んだのは、創業メンバーのうち、高須賀(サイボウズ前代表)と私がいずれも愛媛県出身であり、資金に余裕がなく、高須賀の知り合いづてで、松山市内に相当安くマンションを借りることができたためです。当時3人が住んでいた大阪での起業も考えましたが、オフィス賃料はあまりに高額でした。また、何よりも大きな理由は、創業時のビジネスモデルが、コンピュータでプログラムを組み、それをネット上で販売するというものであったため、ネットにさえ繋がっていれば、ビジネスの拠点となる場所に全くこだわりがなかったということです。さらに、「OCNエコノミー」という、当時としては非常に安価なネット常時接続サービスが松山市でも開始されることになったという背景もあります。

そのマンションでの仕事ぶりは?

青野:当時、私たちの最大の目標は、「サイボウズOffice」のベータ版を一刻も早くリリースすることでした。しかし、開発の要となるネット常時接続回線が工事の遅れにより最初の2、3ヵ月届かず、やむなくダイアルアップでの仕事となり、非常に苦労した思い出があります。3人で寝る間を惜しんで開発を続けていましたが、特に、大阪出身の畑(同社現CTO)は、居住費を浮かすためもあり、このマンションの一室で寝泊まりしつつ仕事をこなすという、職住超近接を強いられていました。当人は、「これでは一年ももたない」ともらしていましたね。

創業時のスナップ

サイボウズ創業当時の拠点となった愛媛県松山市のマンション。賃料7万円の2DKの一室は畑氏の住まいだった。当時、高須賀氏は30歳(手前)、青野、畑両氏はともに26歳(それぞれ中央奥、左奥)。

その後数ヵ月足らずで、同じ松山市内に移転された。

青野:人材の確保を目的に、同じ松山市内で、もっとオフィスらしいオフィスを借りました。老朽物件でしたが、賃料は以前と同じで、面積は大分広くなりました。以前のマンションと同様、常時接続サービス実施地域であったため、少しでも経費を浮かせられるようにと、自分たちで通信環境を構築。古いビルでも、当時の私たちには十分でした。

やはり半年ほどで大阪市北区茶屋町に、その約一年後には同じ大阪の梅田にそれぞれ移転されていますが、これも人材確保のためですか?

青野:ええ。オフィスが大阪なら一緒に働きたいというお話をいただくことが増えていましたし、大阪は知人も多く土地勘もある。北区茶屋町に、広さとグレードから見ても割安なオフィスを見つけることができ、進出を決意しました。

その後、人員も10数名と増え、より交通アクセスの良い、同じ大阪の梅田へと移転。60坪ほどのオフィスで、入居当初はとにかく広いという印象を持っていました。しかし、引っ越したものの、この広いオフィスを一杯にするだけの人材を確保できず、結局、約一年ほどで、東京へ進出することとなりました。当時、仮にこの60坪のオフィスが必要な人材で満たされていたら、東京進出はもっと後か、あるいは進出自体無かったかもしれません。

東京進出と2000年東証マザーズへの上場

業績推移とオフィスの変遷

マザーズ上場と同時期に、東京の文京区後楽へ移転されていますね。

青野:当時、事業の伸張に伴いマザーズへの上場を見据えていましたが、そのためには更なる事業拡大と成長を図らねばならず、人材の確保は死活問題でした。ですから東京進出の目的も、これまでと同様、まず第一に人材の確保。であれば、交通の便が良いところだろうと単純に考えました。創業者である3人とも、東京には縁もゆかりもなく、土地勘もない。そんな私たちの印象として、文京区後楽は、JR線、地下鉄有楽町線をはじめ全部で5つの路線が使える飯田橋駅に近く、非常に交通アクセスが良い。その割に、賃料は比較的リーズナブルと感じたのです。現在も拠点としてこの利便性を活用しているのですが、東京の人には、飯田橋の交通アクセスの良さは案外知られていないような気がします。言わば、東京を知らないからこそ選択した"隠れた交通の要衝"なのかもしれません。

オフィス選択の決め手は?

青野:アクセスの良さに加え、ワンフロアの貸室面積が広かったことが決定的な理由です。ユーザからのニーズをできるだけすばやく開発に流し、製品に反映できる環境。これを、当時最も重視していました。そのためフロアが分断されるよりは、同じフロアでみんな顔を突き合わせた、コミュニケーションを重視した職場環境が必須と考えていました。

当時のオフィスの様子は、どのようなものだったのでしょう?

青野:当初はパーティションもなく、全てがオープンでした。大・中・小3つの会議室は話し声がもれ、備品類も安価。ごみ箱もダンボール箱で賄うほどでした。極論すれば「職場は戦場」「使い倒そう」ということ。実利性を貫いていたと言えば聞こえは良いですが、社内からは不満が噴出していました。「一日中座るのだから椅子はもっと良いものに」からはじまり、来客をすぐに通せる部屋や、セミナールームの設置等、社内からの要望は、数えあげたらきりがありませんでしたね。

働く職場へ"ワクワク感"を

しかし、そのようなオフィスから一転、2004年には日経ニューオフィス賞において、見事、「ニューオフィス情報賞」を受賞されていますね。

ユニークなレセプションルーム

青野:噴出していた不満の解消と、2002年から対面型の営業スタイルを取り入れたことから、オフィスが来客の目にとまることが多くなったこともあり、徹底的にオフィスをつくり込む必要性を感じました。2003年8月の本社増床とともに、大掛かりな改装を施した甲斐もあってか、不満は激減。「ニューオフィス情報賞」を受賞することもでき、その変貌ぶりには私自身が舌を巻いたほどです。様々な不満を汲み取り、社員をはじめとする構成員のことを第一に考えたオフィスづくりが成果に結びついたのだと思います。

具体的にはどのような改装を施したのですか?

本社オフィスアプローチ

青野:東京進出時と同じく、コミュニケーションを重視し、これを更に誘発させるオフィスにすることを念頭に置いていました。例えば、メッセージボードを社内に点在させたり、人数や目的に合わせモードチェンジが可能なミーティングルームを配置したりと、変化に富んだ雰囲気を創出しました。また、エレベータホールから直結するアプローチをトンネル状にし、"ワクワク感"を演出。現場の不満をくまなく汲み取り、ワクワク感が生み出す創造性とリアルなコミュニケーションの融合を図ることのできる環境にしつらえました。

世界展開を見据えた開発拠点

子会社として新設された、サイボウズ・ラボ(株)の戦略についてお聞かせください。

青野:「サイボウズOffice」については、98年から英語版をリリースするなど、当初からソフトウェア開発におけるグローバル展開を考えていました。この流れを汲み、サイボウズ・ラボでは、本体の業務・顧客にとらわれず、多言語での、マーケットを世界に据えた技術的にも優れたものをつくろうと考え、設立しました。

サイボウズ・ラボの入居するアーク森ビルから、ソフトを世界に発信しようというものですね?

青野:技術力を重視した開発メンバーで構成されたこのラボには、本社との過不足ないリアルなコミュニケーション、最先端のネット環境、そして専門技術の投入に打ち込める独立した開発空間、これら3つの要素が必要と考えました。このため、本社から地下鉄南北線1本で10分程の距離にある赤坂のアーク森ビルを選択。開発者数名が入居するレンタルオフィスで、来客はほとんどありません。ソフトの世界展開には、一般のオフィスに求められるニーズとは、多少異なる部分があると言えるかもしれません。

モノづくりに求められる"器"

つい最近、さらに大型の本社増床をされていますが、こちらはどのような用途にお使いですか?

本社15階の開発フロア

青野:近時、「サイボウズOffice」等のバージョンを重ねた製品については、すぐさまニーズを取り込むというより、大規模なプログラムをつくる方向へと変化してきました。このため、かねてから開発・営業の両サイドの仕事環境を分ける必要性が生じ、タイミング良く同ビルの15階が空いたため増床を行いました(当時は12階のみ)。そして、今年9月から開発部隊がここへ移転し、開発に専念した業務を行っています。同フロアは最先端の通信環境や、端末の冷却も兼ねた特別の空調設備を備えています。また、圧迫感の少ない透明ガラスを用いた背の高いパーティション、席の向きが同じスクール形式を採用するなど、これまでの当社のオフィスに比べ、開発業務への特化を企図した装いとなっています。

異なった業務ドメインの社員がワンフロアで働くことは、メリット、デメリットがありますね。

コミュニケーション重視のオフィス

青野:そうです。これまでは一人こもって何かをつくるのでなく、多くの人が多様なコミュニケーションを重ねることで、つくるべきものの輪郭が見えてきたと言えます。みんなが一同に集い、様々な情報が流動し、販売・開発における新しいアイデアが生まれると考えてきました。他方、いったんリリースしバージョンを重ね、ソフトの完成度が上がってくると、専門性を製品に投下する等の技術的な深掘りが重要になってくる。ここでフロア分離のメリットが出てくるわけです。開発者は常にユーザの声にさらされるのでなく、開発に専念する時間も必要。言わばプログラマには、画家にとってのアトリエのような集中できる空間も必要ということです。

つくるモノにこだわることは、つくる環境にもこだわりが必要だと。

憩いを醸すラウンジ

青野:サイボウズには、メーカー系のものづくりの文化を大切にする風土が昔からあり、これに沿った仕事の組み立てやオフィスづくりを心がけてきました。製品は、バージョンを重ね、知識やノウハウが集約されるに従い、作り方も変わってくる。ならば、それを包む器であるオフィスも追随して変化し続けなければならない、と考えています。逆に、いつまでも同じ場所に同じ様にオフィスを構えていたら、会社が成長していないのではと焦ってしまうほどです。

我々の仕事のあり方を大きく変えるWebベースグループウェア等の統合型アプリケーション。この開発をされている御社は、今後の仕事のあり方、そしてオフィスはどのように変わっていくものとお考えですか?

くつろぎの和風ミーティングルーム

青野:Webグループウェアは、場所を選ばないネット上での情報の伝達・共有を可能とし、業務効率を上げ、これにより省スペースも促進するメリットがある。しかし、バージョンを重ね、様々な機能を実装しても実現できない、リアルなコミュニケーションの重要性がより鮮明に浮かび上がってきました。今まで当社は、ネットベースで独自に完結するビジネスモデルで勝負してきました。しかし最近では、事業の成長に合わせ、対面型の営業戦略を取り入れたり、また、他社との技術力やノウハウの融合を目的にジョイントベンチャーを立ち上げたりと、社内外を問わず、更にコミュニケーションを重視するスタイルへと変わってきています。何か新しいものをつくる時、これらは特に重要なのではと、以前にも増して考えるようになりました。 違った視点や雑多な情報をもちより、新しい製品アイデアとして昇華させるためには、互いの五感全てをぶつけ合い、共有することのできる空間が大切なのではないかと考えます。

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上記内容は オフィスジャパン誌 2005年冬季号 掲載記事 です。本ページへの転載時に一部加筆修正している場合がございます。

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