今回は、当事務所(立川・及川法律事務所)が相談を受けた震災関連の多数の案件のうち、解除と賃料減額の問題を質問形式で解説します。震災だけの問題ではなく、賃貸借の基本的考え方をご理解いただければと思います。
1.地震による損傷を理由とするテナントからの契約解除
Question
当社は東京都内で築50年のビルの1階を5年ほど前から店舗として賃借している。今回の地震で震度5強の揺れがあり、借りているビルの建物の壁に亀裂が入ってしまった。借りている1階店舗部分は、何とか営業できる状態であるが、外壁の亀裂が目に付くのでお客さんは怖がって来店してくれない。
ビル所有者の貸主は、修理をすると言っているが、地震から1ヶ月経った現在も応急修理の状態で、周辺の者はこのビルが大きく損傷したことを知っており、客が来ない状態が続いている。店は開いたが、ほとんど客が来てくれず、売り上げは10分の1になってしまい赤字状態である。
そこで、移転を考え貸主に差入保証金10ヶ月分の返金を求めたところ、「中途解約は6ヶ月前に予告するとの特約があるので、直ちに退去するなら、6ヶ月分を控除する」と言われてしまった。
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この貸主の主張は正しいのか?
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応急修理はしてくれたものの、この1ヶ月はまともに店として使えなかった。この間の家賃は払うべきか?
Answer
1.差入保証金の控除(中途解約の違約金)
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賃貸目的物が地震・津波により倒壊する等、滅失した場合、賃貸借の目的が達成できなくなるため、賃貸借契約は当然に終了するものと解されている(最判昭和32年12月3日民集11巻13号2018頁)。
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本件では、「建物の壁に亀裂が入った」との事情であるが、構造躯体に重大な損傷が確認される等、直ちに倒壊の危険があるという状態でなければ、建物が「滅失」したとまでは言えない。したがって、賃貸借契約は当然には終了しない。
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賃貸借契約が継続することを前提とすると、貸主が中途解約の違約金として差入保証金を控除することが認められるか否かは、賃貸借契約の解除事由如何にかかわってくる。
(1)本件で、貸主は、借主都合による即時解約であるから、6ヶ月の解約違約金を控除すると主張している。
(2)これに対して、貸主に賃貸借契約上の債務不履行があり、貸主の債務不履行を理由に賃貸借契約を解除する場合には、中途解約条項の適用はなく、原状回復費用等を控除した後の差入保証金残金は全額返金されることとなる。
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賃貸借契約において、貸主は借主に対して、目的物を使用・収益させる債務(民法601条1項)、修繕義務(民法606条1項)等の義務を負っていることから、これらの貸主の義務について、債務不履行がある場合、借主から賃貸借契約の債務不履行解除が認められることとなる。
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本件では、地震という天災により、建物の壁に亀裂が入ったので、この点において、貸主に債務不履行は認められない。
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問題は、震災による損傷後の貸主の対応である。貸主は賃貸目的物の修繕義務を負っているから、地震等の不可抗力によって建物が損傷した場合であっても、貸主は修繕義務を負うとするのが通説的見解である。
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したがって、「地震から1ヶ月経っても応急修理の状態」というのが、建物の損傷の状況、緊急に補修を行う必要性の程度、業者の手配等の物理的状況等に照らして、貸主が修繕義務を尽くしていないと言える場合には、借主は債務不履行により賃貸借契約を解除することができると解される(ただし、賃貸借契約は信頼関係を重視する継続的契約なので、修繕を促す催告をした上で、解除することとなる)。
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中途解約条項による解約ではなく、貸主の修繕遅れによる債務不履行解除が認められれば、差入保証金からの6ヶ月分の賃料控除は認められないこととなる。
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なお、貸主の修繕義務違反による解除以外に、民法611条2項を使った解除ができるかどうかが問題となる。
(1)民法611条2項は、賃貸目的物の一部が滅失して残部では借りた意味がない場合に契約解除を認めるものである。
(2)この解除は、賃借目的物である店舗を借り続ける意味がない場合に認められるものであるから、たとえば、資材が調達できないため、貸主の修繕が行えないというような状況でないと認められない。
(3)したがって、貸主が本格的な修繕を完了するまでは賃料の減額をさせ、修繕がその後も長期間施工できないことが明白な場合に限り、解除まで認められる。この解除が認められた場合には、6ヶ月の予告による中途解除権によるものではないので、貸主は6ヶ月分の賃料控除をすることができない。
(4)なお、民法611条2項を根拠とする解除は、貸主にも故意・過失がないので、借主は解除ができるだけで、貸主に対する損害賠償請求はできない。
民法第611条(賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等)
- 賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。
- 前項の場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。
2.店舗が地震のため全く使用できなかった場合の賃料の減額請求
借主の責めに帰さない事由により、建物の使用が全面的にできなかったが、建物が滅失するまでには至っていない場合、借主は、当然に(貸主に対する特段の申出なしに)、賃料の支払いを全面的に免れることができる。その理由については、以下の2つの説明がなされている。
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1つは、賃貸借契約の本質に根拠を求めるものである。すなわち、法律上、賃料とは、借主が目的物を使用収益したことの対価として発生するものであり(したがって、民法の原則では、賃料は後払いである)、借主が使用収益できなかった以上、その理由が天災地変であっても、対価たる賃料は発生しないと解するのである。
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もう1つは、民法536条が定める危険負担の法理、すなわち対価関係に立つ債務(賃貸借契約では貸主の使用収益させる義務と借主の賃料支払義務)のうち、一方の義務(使用収益させる義務)の履行ができなくなった場合、他方の義務(賃料支払義務)も当然に消滅するという考え方に基づく説明である。
民法第536条(債務者の危険負担等)
- 前2条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。
- 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
3.店舗が地震のため一部使用できなかった場合の賃料の減額請求
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建物の損傷による借主の使用収益への障害の程度が一部にとどまる場合には、借主は、貸主に対しその旨を申し出ることで、使用収益の不完全な割合に応じて、相当額の賃料減額を請求することができる。
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その根拠は民法611条1項に求められる。同条同項は、「賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したとき」の処理について定めたものであるが、本問のように、(1)修復可能であり「滅失」とは言えない場合や、(2)店舗が物理的に滅失したわけではなく、使用が妨げられた場合には、その直接の適用はない。
しかし、借主の責めに帰さない理由によりその使用収益が妨げられた場合の賃料の処理という点でその共通性がみられることから、「類推適用」により、建物が滅失していなくても、賃料の減額だけは認められる。
民法第611条(賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等)
- 賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。
- 前項の場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。
4.まとめ
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したがって、本件においても、「1ヶ月まともに店として使えなかった」場合は、借主は賃料支払義務を負わない。
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また、全く店舗として使用できなかったわけではないが、相当程度、利用を妨げられたということであれば、その程度によって、賃料の減額が可能となる。
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なお、まだ修繕できる状況であれば、民法611条2項の「目的を達成することはできない」状態には至っていないので、この2項を使って、解除することはできない。ただし、長期間修繕ができず、借りた目的を達することができない状態であれば、解除は可能である。
2.旧耐震基準であることを理由とする中途解除
Question
当社は東京都内で築40年(1971年、昭和47年築)のビルの1階を5年ほど前(平成17年)から店舗として賃貸している。今回の地震で震度5強の揺れがあり、当社が賃貸しているビルの壁等に若干の亀裂が入った。
建物の壁の亀裂は修理が可能であるが、賃借人からは「昭和56年6月1日前に新築された建物なので新耐震基準前の建物であり、耐震性に不安があり、直ちに退去したい。中途解約は6ヶ月前に予告するとの特約があるが今回は貸主側の問題であるので、中途解約の予告とか予告期間に代わる違約金支払いは不要のはずである。差入保証金10ヶ月分は直ちに全額返して欲しい」と要求された。
この借主の主張は正しいのか?
Answer
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本件設問の事例では、借主は「耐震性に不安がある」との理由で退去(解約)を求めている。
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しかし、上記1の事例とは異なり、本件では、ビルの壁に若干の亀裂は入ったものの、倒壊の危険があるとの指摘はなされておらず、また、当該亀裂は修理が可能とされている。
このような漠然とした不安感により、貸主に修繕義務の債務不履行があったとか、建物として使用できず、履行不能状態にある等として、債務不履行解除を主張するのは困難である。 -
現在の宅建業法では、昭和56年5月31日までに、新築の工事に着工した建物、すなわち、旧耐震基準で建てられた建物については、賃貸の仲介時に耐震診断があるかどうか、耐震診断があれば、その内容を宅建業者は借主に重要事項として説明する義務がある(宅地建物取引業法35条1項14号、同法施行規則16条の4の3第4号)。
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この耐震診断の有無を重要事項として、説明する宅建業法の改正は、平成18年4月24日に施行されたものである。
賃借人が宅建業法の改正後に、宅地建物取引業者である賃貸人から、耐震診断を受けた内容等について説明されていなかったのであれば、説明義務違反の責任を追及する余地はあるが、上記事例では、ビルの1階を借りたのが、平成17年と宅建業法の耐震診断の説明義務が定められる前であるため、宅建業者の説明義務違反の責任を問うことも難しいものと考えられる。 -
したがって、本件においては、借主からの解約は、中途解約条項に基づく解約となるので、差入保証金の全額返金は認められず、即時解約をするのであれば、約定通り、6ヶ月分の賃料を控除されてもやむを得ない。
著者プロフィール
立川 正雄(たちかわ まさお)氏
立川・及川法律事務所 所長
1975年中央大学法学部卒業、1980年横浜弁護士会登録、中村・立川法律事務所入所、1986年立川法律事務所開所
1987年立川・山本法律事務所開所、2007年立川・及川法律事務所に事務所名変更、現在に至る
※免責事項
本稿は、当然のことながら、建物賃貸借契約に関する法律関係の全てについて説明したものではありません。
また、契約の内容や事実関係によって結論が異なってくる場合もありますので、実際の事案では、専門家に相談することが必要です。執筆者及び当社は本稿の説明についていかなる責任も負うものではありません。