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株式会社テラスカイ | 成長ベンチャーに訊く

ケーススタディ

2022年7月28日

DXが叫ばれる昨今、多くの企業で導入が進むクラウドサービス。そのインテグレーターとして2006年に創立されたのが株式会社テラスカイだ。グループ全体ではエンジニアを中心に、約780名の社員が在籍。IT業界におけるオフィスとはどのようなものなのか、また、コロナ禍を経て働く環境や増員についてはどのように考えるのか。代表取締役社長の佐藤秀哉氏に話を訊いた。
株式会社テラスカイ 代表取締役CEO 社長執行役員 佐藤 秀哉 氏

エンジニア目線で
働きやすいオフィスを構築!
全国各地で働く仲間を増やしていく。

株式会社テラスカイ
代表取締役CEO 社長執行役員
佐藤 秀哉

株式会社テラスカイ

※オフィス写真はコロナ禍以前に撮影されたものです。

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IBM⇒Salesforce⇒現社 成長市場を捉えクラウドを扱う テラスカイを確立

株式会社テラスカイは、企業におけるクラウドシステムの導入・運用をお手伝いしている会社です。事業に最適なクラウドサービスをご提案するだけでなく、カスタマイズにもきめ細やかに対応し、2006年の創業以来、金融からコールセンター、サービス業など、業種業態を問わず、5,500件超の導入実績があります。現在、社員はエンジニアを中心にテラスカイだけで約500名、グループ全体では780名ほどが働いてくれています。

私自身はもともと大学で情報科学を学び、卒業後は日本IBMに14年間勤めていました。地元は新潟の上越市で、母が手芸店を経営していたので子どもの頃から社長に憧れがあり、いつかはIBMのトップにと、胸の内では思っていました。しかし当時はバブル期の大量採用時代。同期は1,800人もいて、前後数年を合わせ、1万人規模の社員が採用されていました。直属の上司は取役で、部下は3,000人。私は部長の立場も経験しましたが、当時のIBMには優秀な人材も多く、なれて取締役かなと、働きつつもここでは社長にはなれない、と判断しました。一方その頃、IBM出身の先輩から誘われたりもしていました。何度かお声かけいただいた結果、2001年に転職を決意し、それがセールスフォース・ドットコム(現セールスフォース・ジャパン)です。

セールスフォースは当時、外資系スタートアップで社員はグローバルで100名、日本では10名ぐらいで、私は日本市場の営業を統括する立場として、市場を開拓しました。会社は成長し、2004年にアメリカのセールスフォースがニューヨーク証券取引所で上場。それに伴って日本法人の代表や声をかけてくれた先輩も退任することになったので、私も退職し、今度は別の先輩の会社へ社長という立場でジョインすることに。その頃は子どもの時のように社長になりたいというより、上場企業をつくりたいという気持ちでした。しかし、その会社での上場が難しい状況になったため、クラウド部門のマネジメント・バイアウトを行い、当初5名で立ち上げたのが、今に続くテラスカイです。

株式会社テラスカイ

※オフィス写真はコロナ禍以前に撮影されたものです。

スタッフの増員に合わせ 3年ごとにオフィスを移転

私自身が経験してきたオフィスといえば、IBMでは浜松町、六本木、箱崎。セールスフォースでは渋谷のシェアオフィス。そしてもう1社は蔵前にオフィスがありました。働くエリアについてはそれほど意識したことはなく、テラスカイの設立当初は、以前の会社で半年ほど間借りしたあと、近くの浅草橋で、細いペンシルビルのワンフロアを借りて入居しました。テラスカイとしてはそこが自分たちの初めてのオフィスになりましたが、3年間をそこで過ごし、当初5名だった社員が10名ぐらいに増えました。それで設立から5期目ぐらいのタイミングで、岩本町のオフィスへ移転し、そこでも3年間。そのときは増員に力を入れ、100名ぐらいになった時に日本橋へ拠点を移しました。日本橋では増員に合わせ、やはり3年間隔で2度移転し、2018年5月からはこの太陽生命日本橋ビルで三つのフロアを借りています。

これまで3年ごとにオフィスを移転してきたのはキャパシティの問題で、スタッフが増えてフロアが埋まってしまうことが課題になっていました。フリーアドレス制の導入を検討したり、一つ前のオフィスでは近くのビルに分室を設けたりもしました。しかしコロナ禍の前でしたし、当時はスタッフたちもフェイス・トゥ・フェイスで打ち合わせをする感覚でいたので、情報を共有するシステムを構築しても、建物が離れると思うようにはコミュニケーションを図ることができず、やはり全員同じ場所で働くオフィスが必要だと。それで3フロア合わせて約1,104坪の現在のオフィスへ移ってきました。

株式会社テラスカイ

※オフィス写真はコロナ禍以前に撮影されたものです。

社員たちの希望でつくった 自由度の高い働きやすいオフィス

現在のオフィス環境については、移転前にタスクチームを立ち上げて社内アンケートを行い、どんなオフィスなら働きやすいのか社員たちから意見を募りました。基本的にはその希望に従い、私が出した意見としては、ワンコインで社員たちにランチを提供したいことと、社長の個人的なわがままとして、熱帯魚の水槽を置かせてほしいと(笑)。私自身、アメリカのIT企業のオフィスを見学する機会が幾度とあり、その自由な雰囲気を感じていましたし、社員たちも自由に考えてくれたと思います。カフェテリアを設け、エンジニアたちはハッカソンやセミナーを開いたり、終業後に時間があれば、ちょっとしたパーティーや、プレゼン用の大きなスクリーンを使ってゲーム大会をしたり。また、弊社は少人数メンバーで短期間のプロジェクトに取り組むケースが多いので、思い立ったときにすぐに打ち合わせができるミーティングスペースを設け、エンジニアが集中して仕事をするための個人用ワークスペースもつくりました。なかには「社員に忖度しすぎ」、なんて意見もありましたが、私としてはそれ以上に社員におもねるつもりでしたし、社員たち自身が気に入る環境で働いてほしい気持ちでした。ただ、現在はコロナ禍で、在宅勤務が中心です。これまではキャパシティの上限を迎える3年ごとにオフィスを移転してきました。今後もグループ全体で1,000名まで増員する計画を立てていますが、在宅勤務の影響で、しばらくはキャパシティを気にすることなく、このオフィスでやっていけると考えています。

東京という都市に縛られず 全国各地で働く仲間を増やしたい

弊社は東京の本社のほか、名古屋と大阪、福岡に札幌、そして新潟に拠点を設けています。なかでも新潟は、私の地元の上越市にある古民家をリノベーションし、その地域の優秀な人材にその土地で働いてもらうことを目的に開設しました。コロナ禍を経験し、今後のオフィスのあり方を考えることもありますが、本社機能としては社員が集まれるような環境を残しつつ、上越のサテライトオフィスのように、全国各地や在宅で働いていただける仲間を増やしたいと考えています。例えば、弊社には島根県の松江市出身の役員もいます。上越市と同じ日本海側ということで、松江市にサテライトオフィスをつくろうと検討を始めた矢先に、コロナ禍になってしまいました。とはいえ、今後もそのような計画は進めると思いますし、東京という場所に縛られることなく、全国に社員を増やし、会社を成長させていこうと思います。

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上記内容は BZ空間誌 2022年夏季号 掲載記事 です。本ページへの転載時に一部加筆修正している場合がございます。

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