Well-being向上へ、大阪本社を移転。
組織内のコミュニケーションを強化し、産業の変革期に立ち向かう。
印刷インキ業界で世界第3位の売上規模を誇るサカタインクス株式会社が、2025年4月、大阪・本町のアーバンネット御堂筋ビルに本社を移転。36年間使用していた旧本社の9フロア分散型から賃貸ビルでは関西初となるWELL認証を取得した、オフィスビルに拠点を移した。ワンフロアに集約することで、コミュニケーションの課題を解決し、長期ビジョン「SAKATA INX VISION 2030」で掲げる、売上高3,000億円達成に向けた組織風土改革の一環として、Activity Based Working(ABW)※1を導入。「自主自律的な働き方」を実現し、部門を超えたコミュニケーションの活性化を通じて、変革を起こし続ける人材の育成と持続的成長を目指すプロジェクトを取材した。
※1:業務内容に応じて働く場所やスタイルを柔軟に選べる働き方。固定席を持たない、業務内容に応じて最適な場所を選ぶことができるなどの特徴がある
業界の変革に対応する、SAKATA INX VISION 2030
創業約130年の歴史を持つサカタインクスは、印刷インキを中核事業に、世界20カ国以上に拠点を持ち、60カ国以上で事業を展開する化学メーカーだ。売上高は、2011年の1,195億円から2024年の2,455億円へと約2倍に拡大。海外売上比率は70%を超え、印刷インキでは世界第3位の売上規模に成長している。
同社を取り巻く環境について、コーポレートコミュニケーション部長の片山耕氏は、次のように説明する。「印刷インキ業界には、環境対応とデジタル化という2つの大きな波が押し寄せています」。
コーポレートリレーション本部コーポレートコミュニケーション部長
片山 耕氏
2020年に政府が打ち出した「2050年カーボンニュートラルの実現」に向けて、石油由来材料の環境負荷軽減が求められるとともに、マテリアルズインフォマティクス※2のようなデジタル技術の進歩により、材料開発のスピードアップやコスト削減の動きが目まぐるしい。同社は1960年代から海外進出に目を向けた結果、海外売上比率が7割を超えている。片山氏は「食品パッケージ分野は、各国の人口や経済成長率に連動するため、海外市場は順調に拡大しています」と話す一方、日本は2008年をピークに人口減少社会に入り、「シェア獲得なくして、ビジネス成長は望めないという現実がある」とも言う。このような環境変化を受けて、片山氏は「2030年のありたい姿を明確にし、長期ビジョンを策定しました」と語る。それが「SAKATA INX VISION 2030」だ。
長期ビジョン策定の核となったのは、求められる人材像の明確化だった。片山氏は「高度経済成長期とは異なり、今は自ら変革を起こす人材が求められています」と分析。事業を成長させるためには「イノベーションを起こせる人材の採用」が必要であり、そのためには「多様性に富む人材」が不可欠だという認識に至った。しかし、多様な人材が集まれば「価値観の違いから、コンフリクトが増える可能性もある」という課題も浮上した。現状を踏まえると、大企業に起こりやすい「コミュニケーション不足」が課題として認識されていた。片山氏は「以前の大阪本社は9階建の複数階に社員が分散していて、フロアが違えば顔を見ないことも当たり前だった」と語る。
人財創夢部総務グループ マネージャーの関本大介氏によると、こうした課題を解決するため「ワークプレイス改革」の観点で、職場環境改善プロジェクトが立ち上がったという。
人財創夢部総務グループマネージャー
関本 大介氏
※2:AI(人工知能)や機械学習、ビッグデータ解析などの情報科学技術を活用して、新しい材料の開発や最適化を効率的に行う手法
36年過ごした旧本社を離れ、新築ビルへの入居を決定
最初から移転ありきだったわけではなく、ワークプレイスの改革に向け、2021年頃からCBREとディスカッションを重ねる中で、「今のビルのままでは、改革は難しいのではないか」という声が出てきた。関本氏は「我々は旧本社に36年いましたので、CBREに協力いただき、『移転のために、何から始めればいいのだろう?』というところからスタートしました」と振り返る。折しも2023年、大阪には、新たなオフィスビルが次々に供給されていた。関本氏は「当初は他社が移転した後のビルに入ることも検討していましたが、築年数が旧ビルと変わらないものが多くて…。とはいえ(日本国内の市況が厳しい中で)新築ビルに移れるのだろうか?という葛藤もありました」と打ち明ける。そこで上層部に提案すると、ほどなくして新築ビルへの入居が承認された。関本氏は「会社として、変わらなければならないという思いの強さを感じた」と話す。
移転先の選定に際し、重視したのが「人材交流の活性化」だ。関本氏は「ワンフロアでコミュニケーションが取りやすい条件で選定しました」と明かす。移転が決定したのは2023年7月。
コーポレートコミュニケーション部の古石知子氏は、移転時期について「2024年のSAPシステム※3導入を踏まえて、2025年を目標にしました」と説明する。SAPシステム導入によって「サーバールームが不要となり、賃借する床面積を削減することができました」(古石氏)というようにメリットも生まれた。
コーポレートコミュニケーション部古石 知子氏
物件には複数の候補があったが、決め手の一つになったのが、WELL認証の取得だ。古石氏は「関西の賃貸ビルで、当時WELL認証を取得しているのは、アーバンネット御堂筋ビルが唯一で、人的資本経営やWell-beingの観点で重要でした」と振り返る。立地についても「社員の通勤負荷を考慮し、関西のメインストリートと言えば、名前が挙がる御堂筋にアップグレードする意味も含めて決めました」という判断があった。同ビルは屋上テラス(21階)、ラウンジ(11階)、ミーティングルーム(2階)など、テナント専用の付加価値フロアが充実しており、賃借床面積を最適化することが可能だった。
移転プロジェクトで重要視されたのは、社員の意識改革だ。コーポレートコミュニケーション部マネージャーの細川修佑氏は、移転前の社員の反応について「最初は関心が薄く『ABWって何?』という状況でした」と振り返る。この課題を解決するため、各部門から代表者を選出してワークショップを実施。細川氏は「各部門の代表者がCBREのオフィス見学やディスカッションを通じて課題と解決策を理解し、それを部門に展開していく方式が効果的でした」と語る。
コーポレートコミュニケーション部マネージャー細川 修佑氏
ワークショップは各部署から管理職と一般社員2名程度で構成し、全3回、1回2~3時間の頻度で開催した。細川氏は参加者の変化について「当初は移転に不安を持っていた人も最終的には理解してくれて、プロジェクト推進側として発言をするまでに変化しました」と語る。ワークショップでは、全社的なアンケート調査も実施された。古石氏によると「働きやすい環境や望まれるワークプレイスについて全社調査を行い、役員インタビューも実施した」という。そこから「自主自律的な働き方」「自ら変革を起こせること」「部門を超えたコミュニケーション」というキーワードが抽出され、全社コンセプトを策定していった。
※3:SAP社が提供するERP(Enterprise Resource Planning)システム。企業のすべての部門を一元管理できる共通システムであり、部門ごとに分かれていたシステムを統合し、データ管理や連携をスムーズに行う
ABWを導入し、自主自律的な働き方の実現へ
新オフィスの設計で重視されたのは「壁をつくらない」ことだった。古石氏は「8階の執務フロアは壁がなく、全体が一望できます。コミュニケーション活性化の観点から重視した設計です」と明かす。加えて、プロジェクトの根幹を担う「自主自律的な働き方を実現させる」ために、ABW導入を決定。一部部署を除き、固定席を廃止した。古石氏は導入理由について「経営層が求める『自ら考え行動できる人材』というビジョンと、業務に合わせて働く場所を選択するABWのコンセプトが合致しました」と説明する。関係会社であるサカタケムテックも7階に同時移転し、「8階に共用ラウンジを設置し、イベント開催やグループ連携強化、コミュニケーション向上に活用している」(古石氏)という。
移転後も継続的な取り組みを行っている。片山氏は「各部門の代表者と2週間に1回のペースで情報共有・ヒアリングを継続しています。部門の枠を超えて、意見を言い合う場をつくることが重要だと考えています」と、コミュニケーション文化の醸成に取り組んでいる。古石氏が「引っ越し当日の午前中に荷物を整理し、午後には業務が開始できていました」と話すように、スムーズな移行の背景には、移転前の複数回の説明会とプロジェクトマネジメントがあったからだろう。コミュニケーションの変化も顕著で、細川氏は「コーヒーを入れに行く際に生まれる自然なコミュニケーションや、ワンフロアゆえの、他部門との情報共有のしやすさなど、コミュニケーションが格段に取りやすくなりました」と実感を述べる。オフィス環境には、細部までこだわりが見られる。古石氏は「インキメーカーとして彩りをPRするため、グローバルを意識し、あえて日本語の色名を会議室につけています」と話す。会議室は社員アンケートをもとに、kihada(黄蘗〔きはだ〕)、moegi(萌黄〔もえぎ〕)、tsukikusa(鴨頭草〔つきくさ〕)、kohaku(琥珀〔こはく〕)など日本の伝統色にちなんで命名し、壁もその色に合わせた。
移転の成果について、古石氏は「ABWはスムーズに受け入れられましたが、効果的に活用されているかは今後の検証課題です。本来の目的である、生産性向上への寄与を継続的に見ていく必要があります」と話す。関本氏は今後の展望について「移転はゴールではありません。自主自律的な働き方の実現とコミュニケーション活性化による、生産性向上を追求していきます」と、次なるステップを見据えている。
サカタインクスの大阪本社移転は、単なるオフィスの引っ越しではなく、長期ビジョン達成に向けた組織変革の要因として位置づけられている。「Create and Innovate, Care for the Earth, Color for Life」の理念のもと、イノベーションを生み出し、地球にやさしい技術で人生を豊かに彩る企業として、持続的成長を実現するための基盤づくりが、新たなワークプレイスから始まっている。
左から、細川修佑氏、片山耕氏、古石知子氏、関本大介氏






