組込みソフトウェア開発の老舗が、車載分野に特化した新拠点を開設。
フロア集約で開発効率の向上を目指す。
創立から60年以上の歴史を持つ東芝情報システム株式会社は、組込みソフトウェア開発分野で業界トップクラスの技術力を誇る企業だ。2025年1月、川崎本社に隣接するJMFビル川崎01に「車載ソフトウェア開発センター」を開設。自動車業界のソフトウェア化が加速する中、株式会社デンソーとの資本提携を背景に、約1,000坪のワンフロアに440席の執務環境を構築。株主であるデンソーのソフトウェア戦略に対応するため、2028年度までに関東、中部、関西においてエンジニア500人を増強し、計1,350人の開発体制を目指す。これまで5フロアに分散していた開発チームを集約し、コミュニケーション向上と開発効率の最大化を図るプロジェクトを取材した。
SDVの波に対応する、車載ソフトウェア開発の専門拠点
東芝情報システムは、エンベデッドソリューション事業とLSIソリューション事業を柱とし、自動車、複合機、ロボット、産業用機械、さらにはETCや駅の自動改札、デジカメ、ゲーム機などの機器に搭載するソフトウェアや部品を開発するITサービス企業だ。
取締役経営企画部長の山口正道氏は、同社の強みについて「顧客の課題を解決する提案力」「業界トップクラスの技術力」「大規模開発への対応力」を挙げる。「ソフトウェアも半導体開発も、場合によっては百人単位での開発になります。ハードウェアからソフトウェアまで、組込み機器に関わることは、おおよそ対応可能なところが強みです」と包括的な技術力を強調する。
同社は東芝グループの子会社でありながら、デンソーをはじめとするグループ外からの受注が9割を占める。「通常、我々のような大手の子会社は、親会社の仕事が大部分を占めるのですが、弊社の場合は東芝グループ外が9割で、ほぼ独立して事業をしています」(山口氏)。開発領域は、電動化技術から先進安全技術まで幅広く対応。近年、車載カメラを活用した衝突回避システムやドライバー監視システム、車内置き去り防止機能など、車室内の安全性向上に関わるカメラベースの監視技術の需要が急拡大しており、こうした専門性の高い開発案件に特化したセンターとして、川崎に新拠点を設立した。それが本社ビル(興和川崎東口ビル)の隣にある「車載ソフトウェア開発センター」だ。
同社の事業展開は全国に及ぶ。本社は川崎にあり、デンソーが本社を構える愛知県刈谷市にはデンソー向けのソフトウェア開発の中心拠点として開発センターを設置。大阪には関西支社と開発センターがあり、神戸にも同様に開発センターを構えている。さらには福岡にも九州支店を置く。また、今年8月には名古屋の丸の内に中部支社を移転してスペースを拡充し、技術者を増やす計画だ。
エンベデッドソリューション事業部エグゼクティブアドバイザーの岡根直樹氏は「5月に梅田スカイビルに入居する関西支社の大阪開発センターを増床しました。それもデンソー向けの開発を担う部門のために増床しているので、関東だけではなく、主力拠点すべてにおいて拡大しています」と戦略の一環であることを強調する。
同社とデンソーとの関係は深く、2018年に車載製品向け組込みソフトウェア開発強化に向けて、デンソーが発行済み株式総数の20%を保有する資本提携を結び、協力体制を構築した過去がある。この関係を背景に、同社は2028年までにエンジニアを500人増やす計画を立てた。主力事業の一つである自動車業界は進化が加速しており、時代の波をとらえた対応が求められている。
エンベデッドソリューション事業部技術管理部部長の土屋徳武氏は、自動車業界が直面する課題について「SDV(Software Defined Vehicle)という言葉があり、これは車のソフトウェア化、家電化とも言われています」と説明。これまでハードウェア中心だった自動車開発が、ソフトウェアによるアップデート前提の開発体制へとシフト。「2030年に向けて、ソフトウェア人材が圧倒的に足りないというのが、日本全体の課題になっています」(土屋氏)。
それを受けて、5年後の2028年にエンジニアを500人増やすという計画を策定。特に関東圏での300人増員に向けて、新たな開発拠点の必要性が浮上した。土屋氏は採用環境の地域差について、次のように説明する。「我々の主なお客さんである中部地方の車載メーカーさんは、名古屋圏では知名度があり、人を集められますが、関東圏の人材を集めることに苦戦しています。競争力のある人材を確保するためにも、関東に開発拠点をつくる必要性を感じていました」。
従来のオフィス概念からの脱却、9カ月という短期間で実現へ
それらの課題を解決するため、川崎に新たな開発拠点として設立したのが「車載ソフトウェア開発センター」(JMFビル川崎01)だ。大規模プロジェクトの開発メンバーが一体となった“ワンチーム”を編成し、開発技術者の育成と車両開発の一括対応を加速する狙いだ。このセンター設立のため、CBREのサポートにより2024年4月から本格的な検討が始まり、川崎駅や新子安駅付近のビルの視察を経て、12月末の工事完了まで9カ月弱という短期間での実現となった。新拠点選定で重視されたことの一つに、本社との近接性がある。「JMFビル川崎01は本社ビルの隣にあり、本社と人の交流が可能なこと。ワンフロアが広いのも魅力でした」(土屋氏)。これまで使用していた本社ビルはワンフロアが小さく、組織によってフロアが違っていた。それを解消できる広さが確保できるのも、決め手になった。本社ビルと隣接することのメリットについて、土屋氏は「本社がすぐ隣にあるので、総務系やスタッフ系の部署を置く必要がなく、技術者だけの純粋なセンターをつくることができました」と語る。
新センターの設計では、従来のオフィス概念からの脱却を目指した。
エンベデッドソリューション事業部デンソー事業統括部の川本洋史氏は「これまでの当社のオフィスは昭和のオフィスというか、壁際に白いキャビネットや白い机、ワゴン、同じような椅子がたくさん並んでいました」と振り返る。「せっかく新しいオフィスをつくるなら、それを変えたいと思い、従来の『何でも白』という概念をなくしました。白ではなく、黒いキャビネットにしたり、机も木目調にしたりしました」。
一方で、デバックエリアだけは配線が見やすいように白のままにするなど、細部に余念がない。新オフィスの打ち合わせエリアでは、社員が笑顔でミーティングをする姿を見ることができる。これも什器類の素材や色合いと無関係ではないだろう。土屋氏は「ソフトウェア開発は確認事項が多く、打ち合わせエリアや会議室が多数必要です。新オフィス開設前は慢性的に会議室不足だったのですが、ここでは会議室やファミレス席のような、打ち合わせエリアを大幅に増やしました。互いに顔を突き合わせて意見交換しながら、より良いものをつくることができる環境をつくりましょうというのが、今回のコンセプトです」と説明する。
オフィスのレイアウトでは、組織の垣根を取り払う工夫も施された。「従来は部門ごとに開発プロジェクトのエリアをつくりがちでしたが、そういう組織の垣根を取り払い、交流しやすいように配置しました」(土屋氏)。特に工夫した点は、開発エリアのレイアウトだ。土屋氏は「旧社屋は席同士の背中がぶつかることもあるほど空間が限られていたのですが、新しい社屋はとにかく広い」と述べる。具体的な座席構成については、執務席が330席。デバッグエリア※は90席あり、フリーアドレススペースが20席。全部で440席になる。「デバッグエリアはこれまで、小さな会議室に机を置いて、狭い環境でやっていましたが、今回は広い場所を確保しました」(土屋氏)。以前は5フロアに分かれ、分散していた業務もワンフロアになることで、物理的な距離が近くなり、フェイストゥフェイスで物事を進めやすい環境に仕上がった。土屋氏らとともに、オフィス新設の中核を担った川本氏は、令和のオフィスのあり方を模索し、「働く人が気分よく、楽しみながら仕事に取り組める環境づくりを最優先に考えました」と振り返る。
※デバッグとは、ソフトウェアやシステム内の不具合を発見し、修正するプロセス。ソフトウェア開発において非常に重要な作業であり、品質の高いソフトウェアをリリースするために不可欠で、そのプロセスを行うエリア
ワンチームの開発環境で、ビジネスを加速させる
2025年1月のセンター開設から約半年が経過し、その効果は確実に現れているという。
土屋氏が「もとの環境に戻りたいという声は聞こえてきません」と話せば、経営企画部企画担当部長の矢崎栄貴氏は「オフィスが完成して什器類が入った時に、他部門のメンバーが見学に来ました。みんな羨ましがって『こっちのオフィスに引っ越したい』という意見もありました」と笑顔を見せる。
さらに土屋氏は「今まで本社では、同じ開発プロジェクトでも別フロアに点在して作業していた開発メンバー全員が“ワンチーム”で仕事ができる環境になっています。それが開発効率の向上も含めて、ビジネスを加速していくことにつながると思っています」と話す。それぞれが切磋琢磨しながら開発を行う場所として、うってつけの拠点と言える。
東芝は2025年4月1日、「総合研究所」を新たに設立した。これまでの技術戦略を担ってきた3つのコーポレートラボと、応用技術開発を進めてきた2つのワークスラボを統合し、技術革新を加速させるという。「総合研究所」は1969年から1992年にかけて東芝が多くの革新的技術を生み出した拠点であり、今回その名称を復活。変化の激しい時代に、あらためて、技術で社会課題を解決し、グループの成長を目指す東芝。その一員である東芝情報システムは従来の概念にとらわれない自由な発想を促すワークスペースを通じて、技術者のパフォーマンス向上と組織力強化を目指し、新たな成長ステージへと歩みを進めている。














