自社ビルの有効活用のため本社機能を移転

三井倉庫は、国内・海外物流をはじめ、港湾運送、不動産事業などを手がけ、国内で約70万m2、海外で約31万m2の施設を運営する物流会社である。最近は、先進施設と最新システムを組み合わせて事務処理を効率化する、書類管理業務やバックオフィス業務( B P O /Business Process Outsourcing)と、物流アウトソーシング事業である3PLを新規事業の柱としている。
同社は2011年9月、東京・芝浦の自社ビルから御成門のオフィスビルへと本社を移転した。芝浦の自社ビルは旧倉庫をオフィスビルに改修したもので、2002年から本社機能を置いていた。 全8フロアのうち2フロア(2,000坪)を三井倉庫が使用し、残りはテナント企業に賃貸していたが、テナント企業から増床の要望を受けスペースの余裕がなかったことから、施設オーナーである三井倉庫が移転することを決めたのである。そういった外的要因に加えて、芝浦ビルに勤務する同社の従業員数も増加しており、今後のさらなる事業拡大を考慮するとスペースのねん出が難しくなってきたことも、移転を後押しした。

移転先の候補選定にあたっては、本社と一緒に移転する関東支社の営業上の利便性も考慮し、複数候補のなかから、御成門に建設中だったオフィスビルに決定。詳しくは後述するが、新本社は 徹底したセキュリティ環境を構築する必要性から、全フロアを1社で使用できる一棟借りが望ましく、その点でも12フロア計2,000坪強のこのビルが選ばれた。2011年2月、社内向けに移転通知を行うとともに、社内プロジェクトチームの発足、外部パートナーとしてシービー・リチャードエリスへの業務委託など、同年9月の移転に向けて慌ただしく動き出した。
引っ越しまで7ヶ月しかない上に、関係会社も含めると総勢600名規模の移動である。「ただでさえ時間的に厳しい移転になる」というプロジェクトメンバーの懸念に追い打ちをかけるように、3 月11日に東日本大震災が発生。その影響で、入居先のビルの竣工が当初予定の7月末から大幅にずれ込むことになってしまったのだ。かといって、芝浦ビルの明け渡し期限は9月末と決まっている ため、移転を遅らせることはできない。新ビルの明け渡しから移転までの準備期間は実質1週間しかないという状態だった。「切迫したスケジュールのなかで、社内外との調整や移転準備を進め なくてはならなかったことが最大の難関でした」と移転プロジェクトを担当した三井倉庫取締役上級執行役員BPO事業部門長の池田求氏は振り返る。移転に関する従業員の要望や問題点を洗 い出し、事前に対応策を練ることでリスク管理を徹底し、移転当日のスムーズな作業遂行に努めた。
本社移転を機に新規事業のモデルケースを目指す

今回の本社移転にはもう一つ、事業戦略的な意図があった。同社が推進するBPO事業のモデルケースの役割を、新本社に担わせようというのである。企業のバックオフィス業務を請け負う BPO事業の中でも、最近は特に企業の文書・情報管理に関する業務に力を入れている。文書箱をトランクルームで預かるだけでなく、書類の発生から管理・廃棄に至るまで効率的な文書管理をトー タルでサポートしているのである。顧客企業へ社員が常駐し、共に書類削減を図るのが最大の特長で、すでに市川市役所(千葉県)や一部の金融機関、学校法人、病院などで実績がある。さらなる 事業拡大を目指し、「まずは自社内で文書削減・管理の仕組みを運用し、その成功事例をもとにより多くの一般企業への導入を図ることを目的に、本社オフィスを設計しました」と池田氏は語る。
本社2階には、本社の文書管理業務を一手に引き受けるビジネスセンターを設置。個人情報保護の観点からビル全体のセキュリティを強化するため、外来客は2階受付より上階には上がれな いシステムとし、その受付業務や警備業務、社内外の郵便物や回覧物のメーリングサービスもビジネスセンターの管理下に置いた。こうしたセキュリティ重視の考え方が、ビルの選定にも影響し たのは前述のとおりである。
今回の移転に際して社員に求めたのは、「書類の75%削減」である。執務室内に留め置く書類は進行中の業務を中心に全体の25%に限定し、それ以外の書類はビジネスセンターに預ける。書類は利用頻度と緊急性に応じて分類・管理し、必要に応じて出庫できるようにしたのである。例えば、出庫依頼の後すぐに手元に必要な書類はビジネスセンター内に保管し、翌日以降でもよい書類は少し離れた閲覧スペースを併設の保管庫に、めったに使用しない書類は保管効率重視の郊外施設に保管するなどして、書類保管・管理の効率化とコスト低減を実現している。
書類削減を実現するため最新ITツールを導入

徹底した書類削減を社員に求める代わりに、それを達成するためのIT環境を徹底的に整備した。まず、出力の無駄を省くため、各フロアに設置する複合機を2台に設定し、どの複合機からでも出力できる代わりに、複合機に身分証明証をかざさなければ出力が実行されない「どこでもプリント」システムを採用した。また、各会議室にモニターを設置することで、人数分の資料を用意しなくてもモニター画面を見ながら情報共有できるようにした。さらに特筆すべきは、シンクライアントの採用である。シンクライアントとは、社員のパソコン端末では必要最小限の作業のみ行い、データ処理や保存などはサーバ側で行うシステムのことで、高度なセキュリティレベルを確保できるメリットがある。
サーバに接続すれば社内の場所を問わず必要なデータにアクセスできる環境を整えることで、無駄な書類の発生を減らそうというわけである。

書類の75%削減目標に対して、当初は従業員の戸惑いも見られたという。しかし、実際に運用を始めてみると、ペーパーレスにより執務環境の快適さは増し、従業員にも好評だという。預けた書類の出庫依頼は移転後の1ヶ月間に3件のみで、「書類がなければないで業務に支障はないようです」と池田氏は話す。今後も本社内での運用効果を検証し、一般企業へ導入拡大するための布石とする考えだ。
開放感ある執務空間 机の上はパソコンとiPhoneのみ

新本社の執務室の広さは、1ブロックあたり約160坪で、旧本社の500坪に比べて3分の1に縮小された。このため、いかに開放感のある執務空間にするかが課題だった。執務フロアでは3面のガラス窓を活かしたレイアウトを採用し、設置するキャビネットは3段以下に抑えて圧迫感のないようにした。ペーパーレスのオフィスにはフリーアドレス制導入の議論がつきものだが、「従業員には落ち着いて仕事ができる自分専用のデスクが必要」(池田氏)との考えから、フリーアドレスは採用していない。従来の固定電話を廃止し、iPhoneで外線と内線の両方に対応できるシステムを構築。その結果、ノート型パソコンとiPhoneだけで仕事ができるようになり、デスクを広く使えるようになったという。
また、多層階によるオフィスの分断が生じないよう、社内コミュニケーションの活性化にも配慮した。従業員のデスクには目の前に低い仕切りを設けただけで、顔を上げればすぐに周りと会話ができるようにしている。執務室の窓際や中央には打ち合わせスペースをふんだんに配置したほか、スペースの効率活用のために食堂をなくす代わりに、70~80人が座れる椅子とテーブルが置かれたリフレッシュルームを設け、食事や休憩のほか、パソコンを持ち込んで仕事にも使えるようになっている。また、従業員向け情報を発信するデジタルサイネージを各フロアに2台ずつ設置。デジタルサイネージは通常、駅や街頭で広告配信等に使われるものだが、同社では社内への情報発信のために活用している点がユニークである。これまでは社内のポー タルサイトを活用していたが、デジタルサイネージの活用により視認性を高めることができる。移転直後には入館時の注意事項や会議室の使い方に関する情報を配信していたが、最近では近隣で始まったビル解体工事への注意を呼びかけるなど、その時々に応じた情報を発信していく予定だ。

書類削減のモデルケースとなるべく、最新のITツールの導入とともに、本社従業員の仕事のあり方も根本的に変えることが求められた今回の本社移転。「発生しそうな問題は事前に解決するよう心がけていたので、移転後は社員はあまり戸惑わずに仕事に取り組んでいるようです」と池田氏は話す。対外的には書類管理のショールームとしてBPO事業の拡大に活用していくとともに、社内的にも本社の成功事例をもとに支社に展開していく考えだという。単にモノを保管するだけの物流業務では生き残れない厳しい市場環境において、従来の倉庫業の概念に縛られない最新型オフィスの取り組みを通じて新たなビジネスの発展が期待される。