営業部門と技術部門を統合し、経営スピードと効率アップを目指した本社統合移転プロジェクト。
営業と技術の物理的距離がコミュニケーションの弊害に

エナックスは、リチウムイオン電池や蓄電システムなどのバッテリー技術をトータルソリューションとして提供する研究開発会社である。16年前に山形県米沢市に設立された研究所からスタートしており、これまではリチウムイオン電池の基礎開発を担う米沢研究所のほか、顧客ニーズに合わせたシステム開発を担う技術センター(埼玉県朝霞市)、営業部門が所属する東京本社(護国寺)、八戸工場(青森県八戸市)、中部事業所(愛知県常滑市)などに社員約100名が分散していた。同社は、昨年10月、東京本社と技術センターを統合するとともに、東京・春日の賃貸ビルへ本社を移転させた。

本社統合移転実施に至る動機としては、会社が成長するにつれ、部署間の物理的距離がコミュニケーションの弊害になりつつあることが大きかった。組織が小さいうちは、トップ自らが各拠点を回り指示を出せば、それなりに業務は機能するものだが、企業規模が大きくなるとそうもいかなくなる。また、設立当初の研究開発という単純機能から、製造や販売、他社との合弁事業など業務が分化するにつれ、複数機能を戦略的に束ねる強力な本社機能が求められるようになってきたのである。
そこで、本社機能の強化と部門間コミュニケーションの円滑化を図るため、経営部門と営業部門、技術部門を統合し、経営方針と販売方針、技術方針を1ヶ所で決定できる体制構築に乗り出したのである。「この3つが1ヶ所に集約されることが最も重要なことであり、しかも3つが山手線内で揃う電池開発会社は他にはなく、これは大きな競争優位性になります」と三枝雅貴社長は胸を張る。「お客様のニーズをくみ取りながら適切なソリューションを提供する会社であるからには、お客様の近くで、お客様の疑問や要望にその場でスピーディーに対応できる組織であることが望ましい」という理由からだ。
意志決定から約4ヶ月の超スピード移転

移転話が具体化したのは、昨年の6月。同月に代表取締役に就任した三枝社長は、本社の統合移転を経営改革の重要施策の一つに据えた。このとき三枝社長が指示した移転完了期日は、同じ年の10月。まだ移転先を探し始める前からこのような短期決戦を宣言したのは、「移転業務は、本来のメイン業務に対して明らかに余分な作業。これに時間と労力をかけていては企業の死活問題です。"何が何でも実施する"という意志を明確にし、あとはゴールに向けてプロジェクト管理を行うのは我々の通常業務と同じです」(三枝社長)だからだ。外部パートナーとしてシービーアールイー(CBRE)に業務を委託し、移転プロジェクトがスタートした。
リチウムイオン電池を使ったシステム開発を行う技術部門が同居するためには、オフィスは消防法の規定をクリアすべく耐火工事を施した場所をつくらなければならない。加えて、頻繁な商材の搬入出に対応できるよう、オフィス仕様でありながら2tトラックが横付けでき、荷積みエリアや重量物対応エレベータも必要だった。しかも、できるだけ顧客に近い都内が望ましい。
当然、移転候補選定は難航した。単なるオフィス探しではなく、町工場をコンバージョンして使用する案が浮上したこともあったが、そのような物件はワンフロアの面積が狭く、オフィスが複数フロアに分散されてしまうために却下された。
そのような時にCBREから提案されたのが、今回移転した春日の物件だった。地上12階建の高級賃貸マンションの1、2階部分で、1階奥の作業場に耐火工事を施せば技術センターとして使用でき、2階は執務スペースとして最適だった。最寄駅からは徒歩10分近くかかるが、東京メトロ丸ノ内線での東京駅へのアクセスもよく、地方の各拠点への出張にも便利な立地だった。

1階と2階がらせん階段でつながったこの空間は、元はマンションギャラリーとして使用されていたもので、分割貸しができなかったことから借り手が見つかりにくかったようだ。そのため、同社の入居はビルオーナーにとっても渡りに船だったようで、「耐火工事やOAフロア工事では、私たちの要望を柔軟に聞き入れてもらうことができました」と移転プロジェクトを担当した経営企画部課長の柳瀬貴司氏は振り返る。所轄消防署との調整においては、「危険物保管に必要な設備レベルと、それに対する対策を論理立てて説明し、納得してもらうことで、スムーズに進めることができました」と話す。
技術部門への移転説得に何度も足を運ぶ

移転先探しと並行して、埼玉に在った技術部門に対する移転説得を丁寧に行っていった。技術部門はこれまでも人数の増加に伴う移転を繰り返してきており、数年前に埼玉県朝霞市に落ち着いた矢先だった。
朝霞市から都内に移転するとなれば、彼らの通勤時間も伸びるのは必至だ。そこで改めて移転を促すには、移転統合の目的と意義、さらに移転によって職場環境が改善されるメリットを彼らに腹落ちさせる必要があった。三枝社長は度々埼玉技術センターに出向き直接語りかけることで、技術員たちの同意を得ていった。同じく移転する本社の社員については、移転先が元の場所から近かったこともあり、さほど問題はなかったようだ。
主要株主に対しても都度丁寧に説明を行ってきた。三枝社長は言う。「私たちはまず予算と方針を明確にし、移転による経営へのインパクト・効果について投資家が納得できる説明を行いました。そして言ったことを必ず実行する。これが投資家への説明責任において最も大事なことだと思います」。

組織変更に柔軟に対応できる執務室レイアウト

執務室は、市場変化に伴う組織変更にも迅速に対応できるよう、柔軟性と拡張性を意識したレイアウトにした。机は袖机のついたものではなく、フリーアドレス用の可動式机を採用し、スペースに余裕を持たせてゆったりと配置。個人の書類や資料は可動式キャビネットに収納できるようにし、これも位置を自由に変えられるようにした。
「組織の人数が増えれば、そこに属する人の機能も変わります。単に机を増やすのではなく、機能に応じた配置にするためにも、レイアウトの柔軟性を確保したいと考えました」と柳瀬氏は話す。

営業部門と技術部門のちょうど真ん中には、自由に議論できるオープンスペースが設けられた。壁の一角は巨大なホワイトボードになっており、議論を見える化しながら活性化させる仕掛けになっている。これらのスペースは、「これから営業部門と技術部門がコミュニケーションを取りながら一緒に仕事をしていくんだ、という意識改革のために是非とも設置したかった」という柳瀬氏のこだわりの結晶でもある。
毎日午後から夕方にかけては、この場所で喧々諤々の議論が繰り広げられる。このようにコミュニケーションが活性化したことにより、新規プロジェクトの立ち上げや製品開発のスピードは格段に向上。新オフィスに移ってからリリースされた新製品は、すでに2本を数える。移転後に意思決定された経営上重要なテーマも多数あるという。
来客スペースも十分に確保した。家具にかけるコストは極力抑えるようにしたが、会議室の机と椅子だけは高級感のあるアイテムを選んだ。「会議室には株主や親会社の重役をはじめ、重要なお客様をお迎えします。会社の顔としてきちんとした家具を揃えるべきだとCBREのプロジェクトマネージャーの方にアドバイスいただいたのです。このようにメリハリをつけた家具選びをすることで、トータルでのコストパフォーマンスを上げることができました」と柳瀬氏は話す。

新オフィスへの移転によるもう一つの効果は、来客数が増えたことだ。会議室や来客スペースは終日ほぼ満杯だという。以前の本社に比べて新本社は構えがしっかりしていることもあり、営業部員が顧客を打ち合わせにお呼びしやすくなったようだ。
「こちらから出向くよりもお客様に来ていただくほうが営業効率も上がりますし、『うちには技術部門もいますから、いらっしゃいませんか』とも言えます。実際、お客様にとってもモノを見ながら打ち合わせができたり、技術的な内容に関してすぐに技術者に確認できるなど、メリットがあります。営業活動に必要な"ちょっとした押し引き"もしやすい環境になったと思います」(柳瀬氏)。
営業部門と技術部門の戦略的統合は、すでに目に見える成果として現れているようだ。会社の成長に伴い移転を繰り返してきた同社は、これから進む新たなフェーズに相応しい器への統合移転を完成させた。今後のさらなる飛躍が期待される。