変わる企業の研究開発 変化を新たなイノベーションの原動力に
研究開発に求められるスピードとオープンイノベーションを推進すべく、横浜の2拠点を統合。 人財とアイデアを社内外から集め、世界に発信する新研究施設、AGC横浜テクニカルセンター
グローバルにビジネスを展開する、大手素材メーカーAGCが、横浜市内の2ヶ所に分かれていた研究開発拠点を統合し、AGC横浜テクニカルセンターを開設。1907年の創業以来、時代の変化という危機をチャンスに変え、事業を拡大してきた企業のDNAはこれからどんな化学反応を新たな研究施設から生み出すのか。次代の新素材を生み出すことが求められ、同社発展の大きな期待を集める新研究棟誕生の背景とこれからのビジョンを訊いた。

AGC株式会社
常務執行役員
AGC横浜テクニカルセンター長
井上 滋邦 氏

AGC株式会社
技術本部企画部協創推進グループ
協創企画・管理チーム リーダー
渡辺 逸郎 氏
創業の精神に宿る 研究開発を重視する社風
AGCは、1907年(明治40年)、旭硝子株式会社として創業し、板ガラスの国産化に成功しました。第一次世界大戦で原材料の輸入が停止すると、板ガラスを製造する上で欠くことのできない耐火レンガや原材料のソーダ灰の製造方法を開発し事業化に成功、化学品事業とセラミックス事業の基礎をつくりました。戦後高度経済成長期には自動車用ガラス、ブラウン管テレビ用ガラスなどの新規事業に進出し事業を拡大。1990年代には、液晶ディスプレイ用ガラス基板など新製品を開発、提供することでさらなる成長を果たします。2018年には旭硝子株式会社からAGC株式会社に社名を変更。国内外のグループ全体の従業員数は56,000人以上。2020年の売上高は1兆4,123億円、世界トップクラスの素材メーカーへと成長しました。ガラス事業や化学品事業などのコア事業に加え、そこから発展させた技術をもとに、モビリティ、エレクトロニクス、ライフサイエンスの3つを戦略事業として、さらなる成長を目指しています。
「AGCの成長発展の原動力となったのは、お客さまの要求、時代の要請です。常にそれらに対応しながら、社会に貢献することで発展してきました。創業者岩崎俊彌は、当時、不可能と言われた板ガラスの国産化に果敢に挑戦しました。創業の精神『易きになじまず、難きにつく』という創業の精神で困難に立ち向かう姿勢は今日の研究開発にもつながっています。」と同社常務執行役員AGC横浜テクニカルセンター長 井上滋邦氏は話す。
加速する開発サイクル、100年企業が抱いた危機感
「私たちは、様々な新素材を、50年来、横浜市羽沢にある中央研究所で開発し、現在AGC横浜テクニカルセンターとなった旧京浜工場ではガラス系素材の生産技術を検証、商用化し国内外に発信してきました。しかし近年、お客さまの望まれる開発スピードが加速し、これまでのように10年一区切りでは到底間に合わなくなってきました。また複合的な用途を持った製品を短時間に実現するため、外部の技術・知見を掛け合わせるオープンイノベーションが求められるようになりました。AGCは今年、創立114年目を迎えましたが、創業してからの約100年間はクローズつまり自前主義でした。」(井上氏)
「かつては、新商品を開発する中央研究所とそれを形にする旧京浜工場は比較的独立した関係にありましたが、ここ10年で一緒に進めた方がスピーディに進むことがわかってきました。中央研究所や旧京浜工場はクローズな開発には最適な反面、オープンイノベーションに適した施設がなく、お客さまをお招きする際には苦心していました。そのような環境の中でも手探りでオープンイノベーションをはじめたのです。」と技術本部企画部協創推進グループ 協創企画・管理チーム リーダー渡辺逸郎氏は話す。
持続的成長を実現する「両利きの経営と両利きの開発」
「AGCの両利きの経営とは、伝統的に取り組んでいるコア事業(既存事業)が十分に利益を上げ、人的資源とともに戦略事業(新規事業)に投資する経営手法です。コア事業、戦略事業ともに利益を上げるために必要となるのがオープンイノベーションや、素材開発機能と生産技術開発機能を統合する一貫体制によるスピードアップと考えています。」(井上氏)
「開発においても両利きが必要と考えており、お客さまのニーズに寄り添い、画期的な技術を含む技術開発を進めていくことを『右利きの開発』、我々の技術力を新しい市場で適用できないかマッチングを考えることを『左利きの開発』と呼んでいます。左利きの開発では、技術力だけでなく、製造する力や品質保証する力を含めた組織力として捉えるようにしています。ライフサイエンス事業においては、フッ素をベースにした化学品事業の医薬品開発・製造力や、厳しい基準を満たす品質保証力があったおかげで、大胆なM&Aにより医薬品の開発・製造受託事業で利益を上げられるようになりました。新規技術を開発する『右利きの開発』だけではなく、どう製造し、品質保証をするのかまで含めた『左利きの開発』が新規事業を生み出す上で大切だと考えています。」(渡辺氏)
一貫体制とオープンイノベーションでスピードアップ、旧京浜工場はAGC横浜テクニカルセンターへ
「中央研究所と旧京浜工場に分かれていた素材開発機能と生産技術開発機能とを統合し開発の一貫体制を構築、これにオープンイノベーションの推進を併せて開発のスピードアップを進めることになりました。
構想は10年ほど前からありましたが、具体的に動き出したのは約4年前のことです。類設計室とフジタとコラボレーションしていろいろなアイデアや最先端の研究施設の情報をいただきながら、社内では、研究開発部門の担当役員から若手の研究員で構成されるコンセプトチーム、エンジニアリング、建築に詳しいメンバーで構成されるプロジェクトチームを編成し、実行にあたりました。プロジェクト開始当時、オリンピックに向けた建設工事、 2019年秋の豪雨災害による建築費の高騰や人手不足のため、工程は大幅に遅れ、2020年にはコロナ禍で工事が停止することもありました。また、研究室の移転は容易ではなく、実験設備を止められないなど、事情はさまざまでしたが、メンバーの献身的な努力等により移転プロジェクトを完遂することができました。
一方、新たに織り込むこととなったオープンイノベーションを推進していくうえで、AGCが独自に研究開発を進めるクローズエリアでの工夫も欠かせません。特に重視していることは、人やアイデアの流れがシームレスであることです。中央研究所では広い敷地に建物が分散していたため、異なる研究領域だと顔は知っていてもお互い何をしているのかわかりませんでしたが、新研究棟では最上階のオフィスを大きなワンルームとして、フリーアドレスにすることでクローズな空間の中でも、さまざまに異なるタレントが社内で出会い、新しいアイデアが生まれるしかけをつくっています。新研究棟に隣接する既存研究棟もこれを機に同じコンセプトにして、壁を取り払いワンルーム化し、行き来しやすいよう工夫し、社内の融和、化学反応、協創を進めています。」(井上氏)
つなぐ」「発想する」「ためす」協創が生まれる場所AO
「オープンイノベーションを推進するために、新研究棟に新たに設計したのが協創空間『AO(アオ/AGC OPEN SQUARE)』です。AOには、『つなぐ』『発想する』『ためす』をコンセプトに、外部の企業や研究機関、大学等も含めた協創の場が用意されています。AGCはお客さまとともにオープンイノベーションを長らく進めてきましたが、実際に場をつくり、従来から進めてきたことがうまく進むように建物を設計するのは初めての経験でした。中でもセキュリティは大きな課題で、オープンイノベーションだからセキュリティもオープンでいいというわけではありません。ある発想から、何か新しいことをやろうとすると、お客さまとAGCだけのセキュリティのあるエリアが必要になります。議論を重ねる中で、お客さまとの共同研究室のようなラボをつくることになりました。また『つなぐ』『発想する』ための展示空間や、お客さまとの議論から出てきた発想を試作し『ためす』場、さらにバーチャルやミックスリアリティなど、仮想現実技術が非常に進歩しているので、試作をしなくてもいろいろと試すことができるような場も設計されています。コンセプトに沿った活動の効果は現れはじめていると思いますが、建物が完成してまだ間もないので、建物の相乗効果はこれからだと思っています。」(渡辺氏)
オープンイノベーションは発展途上
素材の会社AGCは横浜から世界へ
「AGC横浜テクニカルセンターの開所から1年半ほど経過しました。コロナ禍で出社率を低く抑え、リモートも併用しながら、新常態に向けてコンセプトをどう実現するのかが求められています。コロナ禍にも関わらず、戦略事業の利益に占める割合は順調に拡大していますので、研究所統合の効果は出はじめていると思います。今後、若い世代の創意工夫やアイデアも取り入れながら、AGC横浜テクニカルセンターをグローバルの研究開発拠点として、イノベーションを進めてまいります。」井上氏は力強く語った。
施設概要
施設名 | AGC横浜テクニカルセンター SE1 |
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所在地 | 神奈川県横浜市 |
構造・規模 | 鉄骨造(基礎免震)・地上4階、地下1階建 |
建築面積 | 12,899.92㎡ |
延床面積 | 44,883.21㎡ |
設計 | 類設計室(計画・基本設計)、フジタ(実施設計) |
施工 | フジタ |
竣工日 | 2020年12月 |