これまで、川崎、横浜などR&D拠点が数多く集積するエリアを見てきました。
歴史ある大企業から創業間もないスタートアップにいたるまで多様な企業がなぜ今、研究開発に注力し、その重要度がこれほどまでに高まっているのか、国内外のR&D拠点をめぐる動きを見ながら、今後、日本で研究開発を行う、あるいは行いたい企業が、R&D拠点を構築する際に留意すべきポイントを整理します。
1. 変化するR&D拠点
研究開発の成功が企業の将来を左右
デジタル化の進展に伴い、技術革新のスピード化や顧客ニーズの多様化が進み、事業や製品のライフサイクルはますます短くなっています。特に製造業においては研究開発とそのスピード化の成功が企業の将来を左右する重要な要素となっています。
企業の研究開発は、以前は非常に機密性が高く、自社で完結するのが一般的でした。近年は、これまでのように自社だけの研究開発では顧客ニーズの変化に応えることが難しくなり、他社との協働や産学連携などのオープンイノベーションが求められています。
2009年にリーマンショックの影響で激減した企業の研究開発費は、2012年以降、増加傾向にあり、2019年には14.2兆円にまで回復しています。〔図1〕
このような状況からR&D拠点は従来とは変化していくものと考えられます。
2. 大学発ベンチャーから始まるライフサイエンスの新しい風
海外投資家の関心が高まる日本の賃貸ラボ
昨年からの世界的な動きとして、コロナ禍による移動制限から、物流施設と住宅への投資需要が高まっています。
アメリカではコロナ禍以前から、ライフサイエンス事業を育むラボ(ライフサイエンスラボ)というアセットタイプとしてポートフォリオを形成する活発な動きがあり、その市場規模は年々拡大しています。〔図2〕
ライフサイエンス分野への世界的な資金の流れが追い風となり、昨年から日本にもその資金の一部が流入しています。欧米では、ライフサイエンスラボは、アセットクラスとしてすでに確立されており、日本においても次なる投資先として、海外投資家からの関心が高まりつつあります。
過渡期にある日本の賃貸ラボ
CBRE USの調査※1によると、2020年のアメリカの上位13クラスター※2におけるライフサイエンスラボの貸室総面積は約1,300万㎡です。これは東京オフィス市場の新規供給の22年分※3に相当します。
一方、日本には同様な統計がなく、研究施設全般の延床面積は、建築着工統計によると、2004年から2019年までの累計値として約300万㎡(学術・開発研究機関等)となっています。〔図3〕
アメリカの上位13クラスターのライフサイエンスラボ(賃貸)のみと日本の研究施設の面積を比較しても大きな開きがあることがわかります。日本の賃貸ラボの市場はまだ小さく、研究施設のほとんどは自社所有となっていると推測され、不動産所有と経営の分離が進んでいるアメリカとは対照的な結果となっています。
日本の都心部における賃貸ラボは、大学や公共機関がわずかに供給しているものの、民間ではまだ緒に就いたばかりの市場です。大学が供給する賃貸ラボでは大学の研究との関係性が求められ、大学や中小機構のような公的機関の多くは入居期間(5年)などの制約を設けています。今後、研究開発の重要性が高まり、制約のために入居できない企業や、入居期間(5年)を過ぎて退去する企業の受け皿が必要であることを考えると、賃貸ラボは一定のニーズの見込まれるアセットタイプではないかと思われます。不動産所有と経営の分離が大企業においても進んでいけば、賃貸ラボの市場は拡大していくと考えられます。
※1:「LEADING LIFE SCIENCE CLUSTERS」CBRE 2020
※2:ボストン・ケンブリッジ、サンフランシスコ・ベイエリア、サンディエゴ、ワシントンD.C.・ボルチモア、ローリー・ダーラム、ニュージャージー、フィラデルフィア、ニューヨークシティ、シアトル、ロサンゼルス、シカゴ、オレンジカウンティ、デンバー・ボルダー
※3:東京オフィス市場のオールグレードオフィスの2000年~2020年の年間平均供給床面積 約18万坪(約60万㎡)、CBRE調査
3. 成長を促すR&D拠点構築のポイント R&D拠点は企業のアイデンティティへ
オープンイノベーションで変わるR&D拠点
ここでは、今後、変化していくであろうR&D拠点構築の3つのポイントを見ていきます。
1立地の重要性の高まり
これまで社内の特定の部門だけで行っていた研究開発においてもオープンイノベーションが浸透するようになると、R&D拠点は本社など自社の他部門、またクライアント企業や大学等とのコラボレーションが図りやすい立地が求められます。
2人事・採用戦略の変化
上記1のオープンイノベーションの観点に加えて、人事・採用戦略においても、R&D拠点の立地の重要性は高まっています。
応募者の確保、採用候補者のリテンションの観点から研究開発環境に加えて、通勤・生活環境の観点からも立地の重要性が増しています。
さらに研究開発職においても、コロナ禍以降、分析機器や特殊設備を使う業務以外はリモート化・アジャイル化※5が浸透しつつあり、自身の専門以外の分野とのコラボレーションに積極的な企業もあります。今後、優秀な人材獲得のためにはR&D拠点の整備に加え、ジョブ型雇用など制度面の整備もより一層求められていくことが予想されます。
※5:従来型開発がまず何をつくるか決め、それに対して時間とコストを考えていたのに対し、例えば時間とコストを決めてそれに対して何ができるかを考えること。それをくりかえし、組み合わせることで大きな成果を達成しようとすること
3財務戦略の変化
研究開発の重要度が増すにつれ、その投資額も増加しています。1970~1980年代に建てられた施設をR&D拠点として使用している企業も多く、築後の経過年数に伴い、長期修繕費用など不動産管理費用の負担も増加しています。また、さまざまな財務評価指標がある中、近年、投下資本利益率(ROIC)を採用する企業が増えており、直接、利益を生まないR&D拠点は財務的な観点から考えれば、所有よりも賃貸の方が望ましいと考える企業も出てくることが考えられます。
個別性の高いR&D拠点、今後のマーケットの成長に期待
R&D拠点の構築はオフィスの移転と比較して制約が多く、特に大企業においては自社所有がこれまで一般的でした。一方で、日本国内に資産を持たない場合が多い外資系企業は、賃貸施設を選択することが多い傾向にあります。
研究開発自体の位置づけの変化や財務戦略の変化から、日本国内において、その特殊性に応えるスペックの賃貸ラボが増えていけば、アメリカのライフサイエンスラボのようにマーケットとして成長していく可能性があると考えられます。
優れたノウハウを持つ専門家とのコラボレーションが成功の鍵
昨今のR&D拠点の構築において、検討すべき事項はこれまでのように施設の仕様や設備などハード面だけではなく、人事・採用戦略、財務戦略、研究開発業務のリモート化・オープン化などオペレーションの変化への対応など、ソフト面まで多岐に渡っています。
最新の業界・市況動向等の情報を収集しながら、社内の各部署の専門家のみならず、外部リソースを有効活用し、自社にとっての最適解を導き出していくことが、これからのR&D拠点構築のキーポイントになっていくと考えられます。