冷凍冷蔵の賃貸型物流施設が注目を集めています。
これまで、冷凍冷蔵物流施設というと、選択肢は限られていました。
- 自社物流施設を建てる。
- 大手冷蔵冷蔵物流企業が所有する冷凍冷蔵物流施設を間借りする
- BTS(Build To Suitの略。テナントの希望に添って建築された、オーダーメイド型の賃貸物流施設)。
他の選択肢としては、何かしらの理由で空き家になった冷凍冷蔵物流施設を居抜きで賃貸、あるいは購入するケースもありますが、これはめぐり合わせに大きく左右されます。
今まで、大手物流不動産ディベロッパーは、賃貸型冷凍冷蔵物流施設の供給に消極的でした。しかしここに来て、積極的に冷凍冷蔵物流施設を手掛け始めるディベロッパーが登場しています。
一方で、賃貸型冷凍冷蔵物流施設に対し、未だに消極的なディベロッパー、あるいは荷主企業や物流企業がいるのも事実です。
結論から言えば、賃貸型冷凍冷蔵物流施設は、物流不動産ビジネスを活性化させる要素として、十分に期待できるでしょう。
その理由をご説明します。
賃貸型冷凍冷蔵物流施設を手掛けることに消極的な物流不動産ディベロッパー、その理由は?
「ドライ物流施設に比べ、賃料は2倍になってしまうんですよ。開発する側としては、『果たして2倍の賃料を設定して、テナントがつくのかどうか?』と、どうしても慎重にならざるを得ません」
ある物流不動産ディベロッパーのA氏は、このように語ります。
心配になるのも当然でしょう。
仮に、ドライ物流施設の賃料相場が坪4,500円程度のエリアだとしたら、冷凍冷蔵物流施設の賃料は、倍の9,000円程度になってしまいます。
賃貸型冷凍冷蔵物流施設の場合、冷凍冷蔵設備などは、すべてオーナー側が用意しなければなりません。したがって、保守運用の手間とコストなどを考えれば、賃料が割高になってしまうのは致し方ありません。
もう1つ、A氏が懸念するのは、冷凍冷蔵物流施設のニーズです。
「冷凍冷蔵物流施設の不足は今になって言われ始めたことではありません。
そして、今までなんだかんだ言いつつも、既存の冷凍冷蔵物流施設のキャパシティでやりくりできていたわけですよ。確かに、冷食ブームもあり、冷凍冷蔵食品のマーケットは拡大していますけど...」(A氏)
冷食ブームによって冷凍冷蔵食品マーケットが拡大しているのは事実でしょう。マーケットの推移を見れば、これは明らかです。
しかし、冷凍冷蔵物流施設のニーズが拡大しているというエビデンスは、まだ十分ではありません。
したがって、「ドライ物流施設に対し、2倍の賃料を必要とする賃貸型冷凍冷蔵物流施設に、ビジネスとしての旨味が、本当にあるのだろうか?」と物流不動産ディベロッパーが考えてしまうのも当然です。
A氏が所属する物流不動産ディベロッパーでは、今のところ、賃貸型冷凍冷蔵物流施設を竣工する予定はありません。
「将来はともかく...、今は様子見が得策でしょうね」とA氏は会社の意向を代弁します。
「賃貸よりも自社物件」と考える、物流企業
自社で冷凍冷蔵物流施設を保有する、ある3PL企業のB氏は、「賃貸の冷凍冷蔵物流施設なんて、とてもじゃありませんが借りられませんよ」と断言します。
「そもそも、冷凍冷蔵物流そのものが、薄利のビジネスです。そのため、私どもも極限まで物流コスト削減に努めています」
B氏は、賃料というコストを背負ったまま、冷凍冷蔵物流を行うことはとても難しいと言います。自社物流施設であれば、減価償却の経過によって、投資余力が生じます。しかし賃貸では、賃料がそのままコストになり、永続的にビジネスの重しとなるというのです。
B氏の所属する3PL企業では、これまでも自社で冷凍冷蔵物流施設を竣工してきました。数年以内に冷凍冷蔵物流施設を新規竣工する予定もあります。
物流不動産ビジネス界隈において、賃貸型冷凍冷蔵物流施設が注目されていることは知っているものの、「今回の新規物流施設竣工においても、社内では『賃貸にしたらどうだろうか?』という議論は一切起きませんでした」と言います。
賃貸型冷凍冷蔵物流施設が注目を集める理由
先ほど、「冷凍冷蔵物流施設のニーズが拡大しているというエビデンスは、まだ十分ではありません」と申し上げましたが、「冷凍冷蔵物流施設が不足していて困っている」というエピソードは、各所から聞こえてきています。
一例を挙げましょう。
ご承知のとおり、現在は円安の状況にあります。
少し前、円安の進行を見込んだ大手冷食メーカーは、原材料となる肉や魚介類を大量に買い付けたそうです。結果、首都圏近郊の冷凍物流施設がオーバーフローし、東北方面などにわざわざ転送し、保管することで、なんとか収まったという話がありました。
市場調査データなどを見る限り、まだ冷凍冷蔵物流施設不足が顕在化しているとまでは言い切れませんが、現場からは、冷凍冷蔵物流施設不足を裏付ける、このようなエピソードが聞こえてくるようになりました。
では、なぜ自社物件ではなく、賃貸型の冷凍冷蔵物流施設が注目されているのでしょうか。
「BSが重くなる」、不動産に対する考え方の変化
これまで自社物件で冷凍冷蔵物流施設を経営してきた、ある3PL企業は「近年の傾向として、『自社不動産を保有する』という経営は、BS(バランスシート)が重くなり、身動きが取りにくくなると考えるようになった」と、経営に対する考え方の変化を指摘しました。
不動産すごろくという考え方があります。
例えば物流施設の場合、20年の減価償却を終えれば、最低限のメンテナンスコストや運用コストは発生するものの、賃料の利益率は大幅に向上するはずです。つまり、減価償却期間を我慢した後の、賃料利益率の大幅アップというビジネス上の旨味を、すごろくのゴールに例えた考え方が、不動産すごろくです。
しかし最新の経営理論では、不動産すごろくはもはや時代遅れだとする考え方もあるのです。
また、自社物流施設を保有すれば、当然ながらこれを有効活用することを前提に、ビジネスの組み立てを考えざるを得ません。次項で説明するように、マーケットや社会情勢の動きが流動的な今、自社物流施設の存在は、ビジネス戦略上の足かせとなる可能性があります。
マーケットや社会情勢の変化に対応しやすい
筆者が執筆した「人不足対策が進む未来のために、物流施設が考えるべきこと|物流不動産ビジネスと物流クライシス(後編)」では、物流施設が立地するエリアの将来的な就労可能人口の変化や、自動運転・物流ロボットなどのテクノロジーの進化が、サプライチェーンの変化をもたらし、結果として「最適な物流施設の立地条件」を変えてしまう可能性を指摘しました。
分かりやすく言えば、「ここに物流施設を建ててよかったよね!」という現在の評価も、10年後20年後には、「なんでこんなところに物流施設を建てちゃったかな...」と変わっている可能性があるということです。
一般論として、物流施設の移転はかんたんではありません。
しかし、自社物流施設に比べれば、賃貸のほうがはるかに移転が容易であることは言うまでもありません。
地価や建築費の高騰により、自前での物流施設建築が難しくなっている
2014年のことですが、ユニクロを経営するファーストリテイリングは、本部機能を備える有明物流センター(東京都江東区)を竣工するために、約1万1,000坪の土地を、坪単価約384万円で買い付けました。
当時の国土交通省による地価公示では、有明3丁目(東京ビッグサイトの裏手付近)の坪単価は28万8000円ほど。公示価格がイコール土地の取得価格になるわけではありませんが、それにしても大きな乖離があります。
冷凍冷蔵物流施設の立地として人気のある湾岸地域の土地を欲するのは、物流企業だけではありません。住宅、オフィス、あるいは商業施設など、他用途のニーズも高いため、入札競争も激しくなります。
結果、土地取得価格は、大幅に上昇するというわけです。
現在では、先のユニクロ有明物流センターにおける事例のようなケースが各所で発生しています。
加えて、建築業界の人手不足や、原材料・資材価格の上昇によって、建築費そのものも高騰しています。
「もはや自社物流施設など、夢のまた夢だ...」──立地次第ではありますが、悲しいかな、物流企業1社の資金力では、こういったコスト上昇をまかないきれず、豊富な資金を持つ物流不動産ディベロッパーでないと、物流施設の建築が難しいという現実もあるのです。
施設としての魅力
冷凍冷蔵物流施設は、何かとお金がかかります。
昨今の環境意識の高まり、あるいは規制の強化によって、冷凍冷蔵設備は、脱フロンガスを経て、今では二酸化炭素やアンモニアを用いた自然冷媒への切り替えを求められています。
対応するには設備投資が必要ですし、そもそも冷凍冷蔵設備の運用には、相応の工数が掛かります。
賃貸施設であれば、冷凍冷蔵設備への初期投資、運用コスト等は、すべてオーナー側の負担となります。
さらに、最近のマルチテナント型冷凍冷蔵物流施設であれば、路線便事業者などが同じ施設内に同居しているケースも間々あります。「足回りが充実している」、あるいは「入居企業同士のビジネスアライアンスが期待できる」というマルチテナント型特有のメリットも、プラスオンされるわけです。
冷凍冷蔵専用に設計された優位性
ドライ物流施設によくある天井高は、5.5m。これは、ネステナーを用い、貨物を3段積みするのに適当な高さです。
しかし、ドライ物流施設に冷凍冷蔵設備を増設すると、設備の分だけ、有効な天井高は低くなってしまいます。結果、貨物を3段積みできず、収納効率が下がってしまいます。
ところが冷凍冷蔵専用に設計された物流施設であれば、冷凍冷蔵設備を設置する前提で、有効な天井高が5.5mになるように設計されているため、先のような不便さは回避することができます。
原状復帰も頭の痛い課題です。
賃貸型ドライ物流施設に対し、冷凍冷蔵設備を増設した場合には、退去時に原状復帰を求められますが、賃貸型冷凍冷蔵物流施設であれば、原状復帰も不要です。
ここに挙げたような理由により、賃貸型冷凍冷蔵物流施設に対する注目が集まっているのです。
賃貸型冷凍冷蔵物流施設のムーブメントは広がっていく
「賃料が2倍?、それは問題にはならないでしょう。だって、賃料が倍になることをベースに、ビジネスを組み上げればいいだけですから」──本稿執筆にあたり取材した別の物流企業担当者C氏は、このように語ります。
その上でC氏は 、賃貸型冷凍冷蔵物流施設マーケットが活性化しつつある今を、「ビジネスの選択肢が増えることは、とても喜ばしいこと」と大歓迎しています。
この発言であり考え方、とても示唆的だと思いませんか?
つまりこのC氏は、競争力のある物流サービスを提供できれば、賃貸型冷凍冷蔵物流施設の賃料問題はクリアできると言っているわけです。
賃貸型冷凍冷蔵物流施設に対して、ポジティブに歓迎するか、それともネガティブに傍観するか?──本稿執筆にあたり、取材した各企業の意見や考え方を俯瞰してみると、これは、その企業における、経営方針を如実に反映しているようにも、筆者は感じています。
現在は、ありとあらゆるコトが刻一刻と変化する、将来の予測が困難な「VUCA(ブーカ)」の時代であると言われています。
VUCAの時代において求められることは、社会情勢やマーケットの変化に対する対応力であり、柔軟性、そしてスピード感です。この文脈から考えれば、賃貸型冷凍冷蔵物流施設という選択肢が増えることは、物流企業、あるいはメーカー、小売、卸などの荷主企業にとっては、マイナスにはならないはずですし、むしろこれはビジネスチャンスととらえるべきではないでしょうか?
物流不動産ビジネス界隈において、ホットなトピックとなりつつある賃貸型冷凍冷蔵物流施設の動向に、しばらくは目を離せない状況が続きそうです。