私たちの暮らしになくてはならない社会インフラの一つ「物流」。
経済活動の始点である「生産」と終点である「消費」の間を繋ぐこのシステムによって、私たちの暮らし、そして日本、世界が支えられていると言っても過言ではありません。
つまり、物流を考えることは、私たちの未来を考えることになります。
この連載では、世界100カ国以上で事業用不動産サービスを展開するCBREグループの日本法人であるシービーアールイー株式会社が、日本国内の注目すべき物流用不動産をご紹介しつつ、そこから見える私たちの未来を考えていきます。
北海道の物流を支える苫小牧港
連載の七回目にご紹介するのは、北海道の物流事情。
ご存知の通り北海道は日本の最北端、広大な土地を擁することから「北の大地」とも称されますが、CBRE株式会社札幌支店の眞田によると「倉庫需給は逼迫している」と言います。
なぜあれほどの土地がある北海道で倉庫需給が逼迫してしまうのか、そしてこれから北海道の物流に起こる「新展開」とは。
詳しく聞いてみました。
広大な北海道だが物流需要は「苫小牧−札幌」に集中
― 今日はよろしくお願いします。北海道といえば本州の北、海に隔てられた巨大な「島」という側面があります。北海道に特有の物流事情についてまずは教えてください。
眞田:はい。おっしゃるとおり北海道はその広さから「島」という印象は持たれない方もいらっしゃると思いますが、九州や四国と違って本州と陸路(自動車道)では繋がっていないため、立地特性は明らかに「島」のそれですね。
そのような事情もあり、北海道全体の物流を貨物輸送量ベースで見ると、苫小牧港を要とする海上輸送が約9割を占めます。残りの1割を青函トンネル経由の鉄道輸送と、主に新千歳空港を利用した航空輸送が分け合っているという関係です。
そのため、これほど広大な土地を持つ北海道ですが、物流要地という観点から見たときにはまず苫小牧、そして道内最大の消費地である札幌を中心に2点を繋ぐエリアが重要です。また最近は千歳周辺エリアでも需要がでてきていますので、北海道の主要な物流エリアは広がってくると思います。
北海道、都市間の距離と移動時間の目安
― まずは苫小牧で荷物を受け、大消費地である札幌に運ぶというのが最大の物流ラインになっているということですね。
眞田:はい。ただしそれだけではなく、苫小牧−札幌間の物流拠点は函館、旭川、帯広といった他の要地に荷物を運ぶための中継地という性格も持ち合わせます。
そのため、苫小牧港から札幌を繋ぐ道央自動車道沿いに物流需要が集中し、需給はいま逼迫した状態にあるんです。
― その二点に集中するとはいえ、広大な土地のある北海道なら物流適地も多くありそうに思えますが…
眞田:山地や更地が多いですから、そのような印象を持たれる方が多いのもわかります。しかし、山地はまず切り拓く必要があるため物流用地としての優先順位はかなり下がります。一方の更地には道路・電気・水道などのインフラが通っていない市街化調整区域等のエリアが多いため、やはり「物流適地」と言えるような土地はかなり限られているのです。
大型マルチ倉庫の需給は逼迫 新たな課題も
― なるほど。北海道という広い土地全体の物流を苫小牧と札幌を繋ぐラインが一手に引き受けているために、物流適地と呼べる土地はほぼ使い切ってしまっている…という現状がありそうですね。
眞田:その通りです。札幌市内で新たな物流施設の開発は難しく、そこから苫小牧に近づいていくような形で北広島、恵庭、と開発が進んでいますが、それでもまだまだ十分とは言えないのが現状です。
札幌市周辺の物流エリア
CBRE物件検索サイト(北海道の貸し倉庫)
https://www.cbre-propertysearch.jp/industrial/hokkaido/
― それぞれに物流団地・産業団地がありそれ相応のサイズ感を伴った物流拠点があるようですが、それでも足りないのでしょうか?
眞田:さきほどお伝えした地理的な制約以外に大きく2つの理由があります。
1つが、道内の古い倉庫の更新時期にあたっているため、拠点の新設や移転等の賃借ニーズに応えられる倉庫が足りていないというもの。
もう1つが、2018年の北海道胆振東部地震による物流途絶の経験から、道内に一定のストックを持つニーズが増えたことです。
― ぜひ1つずつ教えてください。拠点の新設や移転等の賃借ニーズはここ数年で増えてきたものでしょうか?
眞田:道内の物流はもともと物流事業者や生産事業者等が持つ自家用倉庫によって支えられていましたが、それらの施設の多くは、築年数が経過していて更新時期にきています。
それに併せ、新築するためにかける投資が厳しくなっていたり、ニーズの変化に対して柔軟に対応できる倉庫の賃借を希望されたりすることも増えている状況です。
また、古くなった倉庫を建て替えるにしても、すでに入っている荷物を一旦どこかの倉庫に移す必要があります。
比較的中小規模の建物が多いため、事業拡大等で倉庫が手狭になっても自社の施設では対応できず、物流事業者同士協力し合いながら倉庫スペースを貸し借りして対応していることもあります。古くなった倉庫から荷物を移すことと併せて、これまで分散していた拠点の集約ニーズも増えています。
― そしてもう1つが、北海道胆振東部地震による影響ですね。
眞田:はい。あの地震では苫小牧港も被害を受けまして、道外からの入荷はもちろん、道内での物流も混乱しました。その経験からBCP(※ Business Continuity Plan:事業継続計画)の一環として道内に一定のストックを持っておこうとする動きが増えてきています。
それらのニーズの受け皿として、2018年に札幌市内に初めて大型マルチテナント型倉庫(※ 複数のテナントに分割して賃貸できる大型物流施設のこと。以下、大型マルチ)ができました。
しかし、先ほどお話ししたような土地の制約もあり、そこから年に1棟ほどのペースで各年1万坪前後の供給にとどまっています。一方で、当社がテナントから賃貸倉庫の仲介依頼を受けている面積は各年のべ4万坪以上で年々増え続けているため、実際需要に対応できていないのが現状です。
2020年には1度、札幌圏の大型マルチの空室がゼロの状態までになりましたが、昨年、今年と新たな大型マルチができ、各年約3万坪の供給がありますので、これまで潜在化してしまっていた需要の受け皿になると思います。
― では今後数年は北海道での倉庫需要は高水準を維持しそうですね。
眞田:はい。加えて2024年問題(※ トラックドライバーの時間外労働上限規制による輸送能力不足)に対応するため、苫小牧・札幌間エリアから道内他エリアへの配送に中継拠点が必要になるという議論もありますが、建築コストの高騰など課題も多く、なかなか解決の難しい問題が残っています。
中継拠点を設けるにしても、まずは苫小牧・札幌間エリアに物流施設を充実させないことには話が前に進みませんから、今後も札幌近郊エリアでの開発や投資は続いていくと思われます。
北海道物流の「新展開」
― なかなか難しい課題もありつつ、それだけに北海道への投資環境は注目に値すると思いますが、さらに新しい展開があるようですね。
眞田:はい。日本の半導体メーカー・ラピダスが新千歳空港至近の「千歳美々ワールド」に工場を設置する計画が決まっています。
熊本にTSMC、四日市にキオクシア(※ ともに半導体メーカー)の進出が決まったときと同じように、新たな倉庫需要、物流需要が生まれますね。
まだ具体的なニーズがつかめる段階ではありませんが、これまでの大型マルチの一般的な仕様ではなく、空調設備の設置や床耐荷重の高い仕様の倉庫を求められると思います。
ただ、ラピダスの工場ができる千歳美々ワールドに近い工業団地等は、すでに需要が集中していて物流用地の確保が難しい状態ですので、その周辺エリアとして千歳市内や恵庭、苫小牧の一部にまで需要が広がるという流れが予想されます。
しかしお話ししているとおり建築費の高騰により新規供給が鈍ってくることも考えられますので、例えば、食品・飲料・日用品等の荷物を想定して建てられた倉庫を半導体関連の荷物が入れられる仕様に改修するということもでてくると思います。
― となれば、従来から需要のあった荷物を納めるための倉庫がまた必要になる…と。
眞田:はい。なので、千歳・恵庭・北広島・苫小牧あたりの既存の物流施設は本当に希少性が高まると思います。
日本全体、そしてもちろん北海道でも人口減少は目に見えた課題としてありますが、一方で物流需要はさまざまな要因が絡み合って高い水準を維持しています。限られた土地の中で物流を止めず、新たな需要にも対応するという難しい課題ですが、それだけにこれからが楽しみですね。
― 今日はありがとうございました!