3フロア分断による社内コミュニケーション不足が課題

アストラゼネカは、アストラジャパンとゼネカが合併して2000年に誕生した外資系大手製薬会社。日本国内では、大阪本社、東京支社に加え、全国各地に支店を展開している。そのうち東京支社には、研究開発部門、4支店(北関東、甲信越、千葉、埼玉) とマーケティング部門、メディカル統括部、コーポレートアフェアーズ部門(広報、医療政策部)などの約150人が在籍。これまでは水道橋にあるオフィスビルの3フロア(850坪)を賃借し業務を行っていた。
東京支社の移転が検討されるようになったのは数年前から。当時の厳しい経済状況を踏まえて、本社、支社を含む全国の拠点のコスト見直しが進められることとなり、東京支社については立地の割に高額な賃料や、部門の転出に伴う空席やデッドスペースの増加が指摘されていた。また、賃料の他にもいくつかの問題点があった。立地面ではJR水道橋駅から少し距離があったため、大阪本社と東京支社間の出張が多い社員には不便な面が否めなかったこと。
また、近隣には飲食店やコンビニがほとんどなく、ランチや買物のために最寄りの水道橋や飯田橋まで歩いて行かなくてはならなかったことにも不満の声が上がっていた。オフィス環境としては、11階、18階、19階の3フロアに分断されていたため、社内コミュニケーション不足も問題だった。これらの課題解決も含めて、2009年末頃から、フロア面積の集約によるコスト削減を前提とした移転先探しが本格化した。
業界の中枢立地への移転でマーケティング強化を狙う

加藤益弘社長が「東京支社の中核拠点としての機能強化」を決断したことも、今回の移転を大きく後押ししたという。これまで加藤社長は大阪本社に常駐していたが、昨年4月、業界団体や製薬会社が集まる東京を拠点に、対外活動に注力していく方針を打ち出したのだ。
最終段階で移転先の候補に残ったのは、大阪からのアクセスの良い東京駅前の丸の内トラストタワーと、品川駅周辺の数件だった。中核機能を担う器に相応しいグレード感や機能性、立地などを考慮し、ワンフロア630坪の丸の内トラストタワーに決定。決め手になったのは、東京駅からの抜群のアクセスに加えて、監督官庁である厚生労働省や、日本製薬工業会、日本製薬団体連合会などの業界団体や協業先の大手国内製薬会社がある日本橋に至近であったことから、営業戦略的、リクルートにも利便性が高いことが大きな理由だった。
外資系企業である同社は、イギリス本国から移転承認を取り付けることも重要事項だった。本国に対しては、ジョー・ワトソンCFOが中心となって移転のメリットを説得。業界団体や同業他社が集まる中枢に拠点を構えることでマーケットチャンスが広がること、850坪から630坪への集約によって東京都心の一等地でも従来と同等の賃料で借りられること、採用活動においても東京中心部の立地は利便性が高いことなどを説明した。さらに移転費用については、移転により削減される東京駅~水道橋間のタクシー代などの経費を細かく試算し、従来の交通経費の削減から捻出できるとした。時間ロスによる機会損失はもちろん、このように移転メリットを具体的な数値で説得することで、本国や大阪本社の役員会での承認を取り付けていった。
社員の働く環境を最優先 フロアーの一等地に執務スペースを配置

移転先が決定した昨年7月から、同年11月の引越に向けて移転プロジェクトがスタート。同社にはプロジェクト推進のための社内人的リソースが不足していたため、外部パートナーとしてプロジェクトマネジメントにシービー・リチャードエリス(CBRE)を、オフィス設計にイリア(ILYA)を選定した。社内では各部門からプロジェクトメンバーを選出。本国のリアルエステート部門が推進する「住みよい環境づくり」のグローバルオフィススタンダードを踏まえつつ、毎週行われる社内プロジェクト会議で各部門の要求を吸い上げながらプロジェクトを推進していった。

新オフィスが目指したのは、「社内コミュニケーションを促進するオープンなオフィス」である。これまで3フロアに分散していた執務スペースをワンフロアに集約し、人員や部署の変更にも柔軟に対応できるようユニバーサルレイアウトを採用。オープンミーティングスペースをふんだんに設けて、社内コミュニケーションの活性化を図った。レイアウトの最大の特徴は、社員の働く環境を最優先している点である。
通常ならオフィス内の最も良い場所には、役員室や来客スペースを配置するところだが、同社では東京駅を眺める最も景色の良い場所に社員のデスクやミーティングスペースを配置した。特に窓際に設置した一人用席"シンキングブース"は、大阪からの出張者にも大変好評だという。移転プロジェクトを担当した総務部部長の山岸氏はこう話す。「プロジェクトを主導した人事総務本部長である吉井の指示により、"社員のための移転"であることを最優先しました。ですから社長室よりも一般社員のほうが景色がいいんです。社長にもそのように説明したところ、快く了承してくれました」。
最新・超高性能のシステムを導入し 全国、世界とのコミュニケーションも向上

同社には「どの地方、どの国であっても距離を感じさせないコミュニケーションが重要である」との企業ポリシーがあり、本国や全国各支店とのテレビ会議が頻繁に行われている。そのため、今回の移転では会議スペースの機能向上や有効活用も重要な課題として挙げられていた。フロア面積の集約により会議スペースも縮小されることになるが、その不足を補うために、最新・超高性能な機器の導入や同時通訳ブースの完備などでテレビ会議の機能を向上させ、使い勝手を良くした。また、役員個室に空きが出た場合には会議室に転用できたり、複数の会議室のパーテーションを取り除けば東京支社の社員全員を収容できるスペースができるなど、オフィスをフレキシブルに活用するための施策が盛り込まれている。

受付スペースの内装には、新たにグローバルで採用されたコーポレートカラーを採用し、ブランディング機能も強化。「東京支社が全国に先駆けて新コーポレートカラーを導入することで、東京支社がアストラゼネカのオフィス環境をリードするという意識を高めることを狙いました。東京支社での導入が好評だったため、今後新たに開設される千葉支店や埼玉支店にも随時展開していきます」と山岸氏は話す。
今回の移転では、社員のモチベーションを移転に向けて高めていくことに苦労したという。「引越に向けて、社員にはキャビネットの資料を3分の2にまで減らしてもらう必要がありましたが、日頃の業務が忙しくそのための時間がなかなか取れません。しかも、水道橋のオフィスは立地的な不便さはあったものの、スペースは広々としていたため、狭い面積へと移転する引越作業に前向きに取り組んでもらうのに苦労しました」。そこで社員に対しては、移転による立地面の利便性向上、執務環境改善や会議室の機能向上など、移転のメリットを伝えることで理解を得ていった。「引越の1ヵ月ほど前から、CBREの担当の方がほとんど常駐して社員の相談に乗ってくださいました。それにより社員のモチベーションも上がり、引越もスムーズに行うことができました」と山岸氏は振り返る。
移転を機に社員の意識向上を図る

社内コミュニケーションの活性化を狙った移転の効果は確実に上がっているという。「フロアが一緒になったことで、社員同士の顔や名前が分かるようになったのは大きいようです。今回の移転をきっかけにお正月明けには社員全員のボウリング大会が初めて開催されましたが、営業部門や開発部門が一堂に会するのは、当社でも画期的なことだと思います」と山岸氏は話す。また、東京駅前に移転することで、ランチやアフター5の外食代がかさむのではとの心配があったが、八重洲口には大丸百貨店はじめ多数の飲食店や弁当屋があり、価格面でのオプションも広がり社員の利便性は高まったという。
セキュリティの面でも大きな改善が見られた。水道橋のオフィスでは、誰でも自由に18階の受付まで入って来ることができたため、セキュリティ面で不安があった。一方、新オフィスでは1階に総合受付とセキュリティゲートがあるため、そのぶん、会社受付のある9階をオープンな雰囲気で開放できるメリットがあるという。

移転によるもう一つの変化は、来客頻度が上がったことだ。同社では全国各地の医師同士のミーティングにテレビ会議を活用してもらうケースも多いが、東京駅至近への移転と、高性能テレビ会議システムを導入した話題性から、医師のテレビ会議の利用が増えているという。「移転した週末にも早速利用のご要望がありました」と山岸氏。関係する医師の利便性が向上するのはもちろん、医師とのコミュニケーションを促進したい同社にとってもメリットがある。
社員の働く環境を優先した器へ移転することで、東京支社に属する社員の帰属意識を高めることに成功した今回の移転プロジェクト。移転が成功に終わったいま、「移転して終わりではなく、移転を機に社員自身がオフィス環境への問題意識をもつような風土を作っていきたい」と山岸氏は話す。移転のために立ち上げたプロジェクトチームを今後も継続させ、オフィス環境を現在の適正な状態に保つため機能させていくことを考えているという。また、東京支社での実績をもとに、他の拠点でもオフィス環境の改善に取り組んでいく予定だ。