ディスカウントストアの雄として、顧客との関係を維持するために自ら変化を求める不動産戦略の実現。
創業から45年。ディスカウントショップの先駆けとして、たった一代で日本のみならず、海外にもその名を馳せる「ドン・キホー テ」。その運営会社として、20年温めた東京:渋谷でのランドマークとなる複合ビルを開発したパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)に、そのプロジェクトの全容をうかがった。
パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス
PPIHグループ 日本商業施設株式会社
テナント事業本部 LM事業部
濱田 雄介氏

1978年の創業から一代で築いた、年商2兆円に迫るDSの雄
パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(以下:PPIH)グループの歴史は、創業会長である安田隆夫が、東京の西荻窪に1978年、18坪の雑貨店「泥棒市場」を開業したことから始まります。その後の1989年、消費者に良い品をより安く販売するためのディスカウントストア(以下:DS)である「ドン・キホーテ」1号店を東京都府中市に開設。2006年には海外にも進出したほか、2007年には長崎屋を、2019年にはユニーを連結子会社化するなど、総合スーパー事業にも進出し、4月1日現在、国内620店舗を含む、総店舗数730店の規模に発展しています。
こうした小売り関連事業に加え、動産資産の保全と価値の最大化を目指したトータルソリューションを提供する、私の所属する日本商業施設や、その他グループ子会社を合わせて、2019年よりPPIHに社名を変更し、現在に至っています。
グループ全体の中核であるDS事業には、コンビニエンス+ディスカウント+アミューズメントの三位一体を店舗コンセプトとする「ドン・キホーテ」に加え、より大型化を実現したファミリー型総合DSである「MEGAドン・キホーテ」など地域性や店舗規模に合わせて、お客様のニーズに合わせた数種類の店舗形態を展開しています。
おかげさまで業績は好調で、昨期も増収増益を実現しました。その要因の一つとなったのが、2009年に販売を開始したオリジナルブランドである「情熱価格」です。食品から日用品、家電に至るまでの様々な商品を、リーズナブルな価格と高い品質を維持して開発し続け、今日では約4,000アイテムに上っています。
このオリジナルブランドを2021年、新たなブランドメッセージを表現する「ド」という文字を大きく打ち出したデザインのパッケージが多くのマスメディアに取り上げられたことは、グループ全体の売上を年商2兆円に迫る規模に押し上げた一因になったと考えています。
スピーディーな出退店の実現で機会を逃さない独自の不動産戦略
当グループにとって、不動産と言えば取得であれ賃借であれ、すなわちドン・キホーテ出店が目的になりますから、立地については当然ながら、かなり厳選することになります。言い換えれば、良い立地であれば購入でも賃貸借でもこだわらないということです。ただし、価格や賃料に関しては非常にシビアだと思います。
こうした地域性や経済条件に合う物件を取得するために、グループ内の多くの人が動いています。ただ、すでに日本全国にドン・キホーテは展開していますので、先に触れた、MEGAドンキなどの他のバリエーションも含めて、可能性を探っているわけです。
また、当社の特色として、各店舗には多くの権限が委譲されています。それが個店ごとに違うカラーが出る理由でしょう。価格が安いのは当たり前なのですが、ほかにも秘密があります。それはドン・キホーテの売り場を見ていただければわかると思いますが、店内に所狭しと貼られたポップなのです。社内に専属のポップライターを配置し、お客様が求めているものが伝わる、商品の特徴がすぐわかるように緻密な戦略を練って実行しています。
ただし、ここまで立地を厳選し、地域ニーズに合った形態の店舗を作ったつもりでも、100%期待通りの売上が確保できるとは限りません。その場合、速やかに撤退するのが当グループの大きな特徴と言えるでしょう。悪いお店、悪い事業をずるずると残していくことは絶対にしません。失敗を許容し、速やかな撤退を恐れないという風土が会社の中であるので、当たり前のように実行しています。所有物件であれ、賃貸物件であれ、その方針に違いはありません。撤退した後をどうするかというと、私の所属する日本商業施設が、新たなテナントの客付けに動き始めるという、二段構えで事業を進めています。
商業施設、オフィス、ホテルを複合した渋谷道玄坂のランドマークタワー
その当グループが2023年8月、渋谷の道玄坂に大型複合施設「道玄坂通 dogenzaka-dori」をオープンさせました。場所はJR渋谷駅から約400m、文化村通りを歩いて約5分で、松濤・円山町・渋谷センター街の各エリアの中間に位置する、ミックスカルチャーの結節点。そのランドマークとも言える高さ115mを誇る地上28階建で、1・2階がショップ&フードエリア、3~10階はテナントオフィス、11~28階がホテルという構成です。
商業施設、オフィス、ホテルの複合開発は初めてでしたが、これまでにもホテル、オフィスと別々にですが、同じビルに入っている物件はありましたので、テナント開発にあたり特に難しさは感じませんでした。
ドン・キホーテらしい出退店の決断の早さ
ここはもともと、ドン・キホーテ渋谷店があった場所であり、用地が確定して、上物はどうしようかという時に、当初、ドン・キホーテは作らない予 定 でした 。な ぜ なら2017年 、目 の 前 に「MEGAドン・キホーテ渋谷本店」がオープンし、全国トップクラスの旗艦店となっていたという経緯があったからです。ですが、1階に「ドミセ 渋谷道玄坂通ドードー店」という、情熱価格のプライベートブランド商品だけを集めた形態の新業態をオープンさせました。その後、一定の広告効果が認められたため、業態転換として2024年4月23日、そのあとに主にα~Z世代向けの商品を扱う専門店型の業態「キラキラドンキ」の全国5店舗目をオープンさせるなど、まさに当社らしい決断の早さだったと思います。
新たな価値を作り出すための手段は一度スタートラインに戻ること
同ビルの最大の特徴は、建物の1階部分に公道のように24時間通り抜けができる「道」を設けたことでしょう。ビルの名称である「道玄坂通」も、もちろんこの「道」にちなんだものです。
「道玄坂通」は2023年8月に施設をオープンする計画で、当初同年3月には竣工予定となっていました。しかしながら、当社安田創業会長が、「道玄坂と文化村通りを結ぶ小径がメインの通りとなるから、この(建物1階の)通りを改修しよう」と発言、すでに建設を開始していたものの、より道路幅を広げ、かつ、抜本的に通りのデザインを変更することとなりました。
急遽、図面を差し替えて、1・2階商業部分のテナント誘致を進めたのですが、ここにも苦労はありました。上層階は、早い段階から「ホテルインディゴ東京渋谷」に決まっていたのですが、商業テナントの顔ぶれに関しては、ビルの価値を形成するうえでも重要なコンテンツですので、何百回も練ってきたものです。
とはいえ、8月24日に無事開業までこぎつけられたのは、手前味噌ですが当社に息づく変化への対応力の強さによるところでしょう。店舗開発をパッケージ化せず、目の前にある土地の地域特性はもちろん、用地の形やサイズ、物件の高低差や奥行きなど、様々な状況に合わせて店づくりをするのが我々の仕事ですから、それを粛々と実行に移すのみでした。この姿勢はグループ全体に流れる風土のようなものです。終わってみれば1階の通路が、街の利便性につながったという満足感の方が大きかったですね。
幸い、オフィスの配置も特殊ではありますが、内覧に来てくださった方々からは「図面で見るよりもいい」と評価をいただいています。商業テナントと違い、オフィスのリーシングに関しては、外部のリソースを活用しています。今回も、信頼がおけるアウトソーシング先であるCBREにお願いしました。
真のランドマークであり続けるために変化を自ら創造する覚悟
我々と他社不動産デベロッパーとの最大の違い、それは我々のビルにはほぼ100%、自前の店舗が入っていること。言い換えれば建てて貸せばいいのではなく、商売をするために最適な器であることを求めるということ。そしてそれを実現するために、いかなる変化もいとわないということです。
グループのすべてのDSがそうであるように「道玄坂通」も変わる。資産をもっとも有効に活用して最大の利益を得るかが、命題なのです。ですから、開業したらOKではなく、状況に応じて店も変わります。営業時間も変更します。一度作ったからもったいないので残そうというより、変えた方が価値があるなら、壊してでも稼げるようにするという考え方。お客様がワクワク・ドキドキするスペースを創造するために変化するという、いわゆるドン・キホーテのマインドを重視しているのです。
今後の5年、10年でテナントも、オフィスの顔ぶれも大きく変わるかもしれません。その変化が、お客様にとっても、入居テナントにとっても、そして我々にとっても有意義であり続けるように、努力していこうと考えています。