宅配ドライバーを主人公としたNHKの夜ドラマ、「あなたのブツが、ここに」(以下、あなブツ)、皆さんはご覧になりましたか?
SNSでは、「べショベショに泣いている」「私、あなブツのおかげで我が家に配達してくれる配達員さんに心込めたお礼が言えるようになった」「テーマ、脚本、配役、演技、映像のどれをとっても文句なしに完璧」などと、絶賛されています。
かく言う筆者も、これだけ心揺さぶられ、怒り、涙し、笑って、そして考えさせられたドラマは久しぶりでした。
あなブツでは、新型コロナウイルスによって変わってしまった私たちの日常が、宅配便ドライバーの視点から描かれます。
新型コロナウイルスによる巣ごもり需要から、宅配便は人々の生活インフラとしての今まで以上に注目される存在になりました。ドラマ中に登場する荷物の届け先には、ストレスのはけ口にするかのような理不尽な振る舞いをする人がいて、主人公が気持ちを傷つけられる様子が描かれます。
これまでのトラックドライバーと言えば、寡黙で、やや近寄りがたいようなイメージを抱く人もいるでしょう。しかし、あなブツで描かれたような宅配ドライバーだけではなく、BtoB輸送を行う一般の運送会社でも、「あいさつもしっかりとできて、明るく元気に振る舞う」、言わばサービス業としてのドライバーが求められるようになりつつあります。
あなブツで描かれる、理不尽な客の振る舞いに、心をすり減らしていく主人公のやるせなさ
あなブツの主人公である、山崎亜子(仁村紗和)は、小学5年生の娘を女手ひとつで育てるシングルマザーです。
給付金詐欺に騙され、無一文になった亜子は、マルカ運輸社長である葛西信夫(岡部たかし)の元で、宅配ドライバーとして働き始めるのですが...
宅配ドライバーとして働き始めた亜子は、理不尽な振る舞いを行うお客さまに次々と遭遇します。
- ブリーフ一丁で荷物を受け取りに出てくる中年男性。
- 亜子が配達に行くと居留守を使うくせに、「時間指定通りに配達しろ!遅い!」と難癖をつける中年女性。
- しまった場所を忘れ、印鑑を毎回探す高齢男性。時間に追われる亜子は、ついイライラしてしまう。
- 亜子や荷物に消毒スプレーを噴射し、バイキン扱いする中年女性。
亜子は、教育係となったエースドライバー武田(津田健次郎)から猛烈なパワハラを受けます。一方で、理不尽なお客さまに対しては、自分を殺し、平身低頭する姿勢を崩さない武田に対し、亜子はいらだちを感じます。
亜子が宅配ドライバーとして働き始めた2020年春頃は、多くの人が新型コロナウイルスという得体の知れない脅威に怯え、気持ちがささくれだっていた時期です。巣ごもり需要によって宅配も活況を呈していた裏側で、きっとあなブツで描かれたような理不尽を、多くの宅配ドライバーが感じていたのでしょうね。
ただし、理不尽な思いをしていたのは、宅配ドライバーだけでもありません。
ある運送会社では、トラックドライバーがマスク無しで集荷に行ったところ、猛烈な勢いで荷主担当者に怒られ、荷物を積めずに追い返されました。当時は、マスクが全国的に品薄になり、入手困難な状況にありました。しかし荷主は「マスクをしないドライバーは出入りさせない」と断言したそうです。
困ったその運送会社は、ドライバーから事務職員、社長まで総出で開店前のドラッグストアに並び、マスクをなんとか入手したそうです。
新型コロナウイルスに感染した社員が出た別の運送会社では、荷主や配送先から猛烈なクレームを浴び、謝罪を強要されたという話も聞きました。
これらのエピソードは、コロナ禍という特殊な状況で発生した、特殊なエピソードなのかもしれません。ただし、一言文句を言いたい気持ちをぐっと堪えて、サービス業のように礼儀正しく、そして愛想よく振る舞うことが、トラックドライバー、ひいては運送会社にも求められるようになりつつあります。
サービス業として、感情労働を求められるトラックドライバー
例えば飲食業や旅行業などのサービス業では、お客さまが不躾な態度をとったとしても、心中の不快さを押し殺し、笑顔で接し続けることが求められます。
このように、自分自身の感情を押し殺し、あるいは意識的にコントロールし、常に礼儀正しく、明朗快活で親愛の情を表現し続けすることで、お客さまの精神状態を、職務上好ましい方向へと導くことを求められる労働のことを、感情労働と呼びます。
感情労働には、以下のような職業が該当します。
- 看護師などの医療従事者
- 介護関係
- 客室乗務員
- 教員
- 販売、飲食などの接客業
いわゆるサービス業と呼ばれる職業ですね。
加えて現在では、コンサルタント、税理士、弁護士、社労士などの士業から、トラックドライバーにも、感情労働従事者として振る舞うことが求められるようになりつつあります。
「トラックドライバーはサービス業である」と社員に宣言した運送会社社長の危機感
これから当社はサービス業になります。トラックドライバーと言えど、サービス業であるという意識を持って、日々業務に励んでください」──スーパーマーケットへの食品配送を生業とする、運送会社の2代目社長A氏は、父の跡を継いで社長に就任する際、従業員に対してこのように宣言をしました。
一般論ではありますが、ドライバーの場合、愛想が悪くとも、言葉遣いが乱暴でも、「トラックドライバーだからなぁ...」と容認されてしまうことがあります。
しかし、同社の配送先は、サービス業であるスーパーマーケットです。
社員はもちろん、パートやアルバイトたちも、日頃からサービス業として礼儀正しく振る舞うことを求められています。「敬語を使えない」「乱暴な物言いをする」といったドライバーに対しての評価は厳しく、出入り禁止を申し渡されることもありました。
出禁を言い渡されたドライバーの中には、「いや、あっち(お客さま)だって理不尽だぞ!」と言い訳をする人もいました。そんなことは、A氏が一番分かっています。配送先となる店舗や荷主からクレームを受け、謝りに行くのは常にA氏自身だったからです。
サービス業として、日頃感情労働を強いられている人の中には、より立場の弱いドライバーに対し、日頃のうっぷんを晴らすかのような高圧的な態度を取る人も残念ながらいます。
「そうは言っても相手はお客さまだからさ。怒りを買って、最悪仕事を切られたら元も子もないだろう?」、A氏は日頃からこのようにドライバーに理解と協力を求めてきました。
出禁のドライバーが増えてくると、配車担当者の負担も増えていきます。
「Bさんは○○店出禁だから...」「Cさんは、先日□□店から出禁にされてしまったし...」、こんな配慮をしながら組む配車計画は簡単ではありません。
さらに言えば、出禁ドライバーが生まれてしまうような店舗では、理不尽な要求が日常化しているケースもあります。例えば、「商品は売り場ごとに分けてかご台車からバックヤードに卸さなければならない」「カゴ台車を回収した後は、必ずバックヤードの清掃を行うこと」といった具合です。
出禁になったドライバーは、こういった理不尽な要求から解放されますが、出禁店舗を担当させられるドライバーはたまったものではありません。
「僕、もう○○店には行きたくないんですけど...」、ドライバーからこう言われてしまう配車担当者の気苦労も、A氏には悩みの種でした。
だからこそA氏は、社長就任を期に「トラックドライバーはサービス業である」と宣言し、ドライバーを含めた全従業員に対し、マナー研修などを行い、サービス業としてあるべき人材へと成長してくれることを期待したのです。
半数のトラックドライバーが新社長に反発し退職するも...
新社長A氏の方針に不満を感じたドライバーは次々と辞めていきました。40人ほどいるドライバーのうち、社長就任後約1年で半数が退職したというから尋常な事態ではありません。しかし、A氏は動じませんでした。
というのも、「トラックドライバーはサービス業である」というA氏の方針を支持したドライバー、あるいは新たに入社したドライバーが、次第に店舗からの信頼を得られるようになってきたからです。
決定的な出来事がありました。
より安い運賃を提示してきた運送会社に、スーパーマーケット本部が切り替えようとしたとき、複数の店長が、A氏の運送会社との取引を継続するよう、本部に働きかけ、そして取引を守ってくれたのです。
「ドライバーたちが店舗と築いた信頼関係が、会社を守ってくれた」、A氏は文字どおり涙を流して、ドライバーたちに感謝したそうです。
差別化戦略として、注目を集めるドライバーのサービス業化
あなブツに話を戻しましょう。
亜子が勤めるマルカ運輸ですが、社長の葛西は、創業者の娘であり副社長である葛西聖子(南海キャンディーズ 山崎静代)の婿養子でした。
「なぜ社長を継がなかったんですか?」と尋ねる亜子に、聖子はこのように答えます。
「あいつ(葛西信夫)謝るのうまいやろ。配送業は、お客さまの荷物を預かる分、クレームが多い。せやから従業員のために、きっかり謝れるやつじゃないと社長は務まらん(と会長が言ったから)」
ドラマ中では、「得意技は土下座」と周囲から評される葛西が、土下座謝罪をした後で平然と職務をこなすシーンが描かれています。
あなブツは、とてもよく出来たドラマでしたが、この一節はイカンですね。
運送会社、ひいては物流ビジネスを馬鹿にしすぎです。
と同時に、ここまで「トラックドライバーはサービス業である」ということを論じてきましたが、もしかしたら「サービス業って、とりあえずお客さまに敬語を使って、平身低頭していればいいんでしょ?」といった勘違いをする人もいるかもしれません。
そう考えているのであれば、それは大きな間違いです。
気持ちのこもらない謝罪や接客で納得してもらえるほど、物流ビジネスの責任は軽くありません。だからこそ、ドライバーのサービス業化という決断は、重たいのです。
運送業界の差別化戦略は、年々苛烈になっています。
大手・準大手の運送会社が、生き残りをかけて3PLなど事業拡大を図った一方で、経営体力の乏しい中小運送会社が、有効な差別化戦略を実行することはかんたんではありません。
トラックドライバーのサービス業化は、そんな中小運送会社でも実現・実行可能な数少ない差別化戦略なのです。
とは言え、ドライバーのサービス業化は容易い道ではありません。
恥ずかしながら、ドライバーだった筆者も、無愛想&傲岸不遜な自分から脱却するのは、ずいぶんと苦労しました...
ドライバーのサービス業化は、もちろん当人の努力も必要ですが、それ以上に必要なのは、経営者が、自身の危機感をどれだけドライバーら従業員に共有できるかにかかってきます。そして、その苦労を乗り越えた先に、企業としてどのような未来があるのかを、きちんと示すことも絶対条件です。
「それって、いわゆるMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の話だよね。今どきの企業であれば、当たり前じゃないの?」──おっしゃるとおりです。ビジョンを示し、お客さまだけでなく、従業員も引っ張っていくのは、経営者たる者の大切な仕事であり、それこそが経営の役割のはずです。
でも、運送会社、倉庫会社などの物流企業の場合、意外とできていないケースも多いんですよね。
次話では、物流企業におけるビジョンやミッション、バリューを示す大切さについて考えましょう。
執筆・物流ジャーナリスト 坂田良平