建物におけるCO2削減への要求度合いが高まり、法規制やクレジット制度などの整備が進むにつれて、CO2排出(≒エネルギー使用)関連の取り扱いが、ビジネス戦略上で重要なポジションを占めるようになってきました。
オフィスビル経営者は、削減義務達成やクレジット取引など、具体的なCO2関連対応を始めなければなりません。また、オフィス利用者は、企業内全事業所の総量管理を行わなければなりません。戸建サイズの建物で単独に事業を営んでいるような場合を除き、ほとんどの企業が何らかのCO2関連制度に係わり、少なからず省CO2を意識しなければならない社会となりつつあります。
オフィス品質を評価する新たな要素として注目される「CO2マネジメント」について、建物側・テナント側双方の必要性を明らかにしながら、これから構築すべき情報管理機能を整理してみましょう。
CO2マネジメントが求められる背景
東京都条例の総量削減義務と排出量取引制度
東京都では、2010年4月より、いよいよ大規模建物に対するCO2削減義務制度が始まります【図1】。
対象事業所の平均的なCO2排出量は年間1万トン。基本的な削減義務率である8%に対し、例えば半分の削減を達成できたとしても、残りの半分に相当する年間400トン(1万トン×4%)は調達しなければなりません。
国際的な排出枠取引ではトン当たり1~2千円程度の価格をよく耳にしますが、東京都条例の場合は事情が違います。都内の削減クレジットを基本とするルールなので、トン当たり1万5千円程度の価格が予想されています。年間400トンの価格は約600万円程度となり、第一計画期間(2010~2014年度)の未達成分を整理期間(2015年度)にまとめて精算するなら、5年分で3000万円にのぼる計算です。
【図1】東京都条例 総量削減義務と排出量取引制度の概要
地球温暖化対策制度を強化し、大規模事業所に対して、温室効果ガス排出量の総量削減義務と排出量取引制度を導入
対象となる施設 | 燃料・熱・電気の使用量が原油換算1,500㎘/年以上の事業所 |
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削減義務者 | 対象となる事業所の所有者(原則) |
削減計画期間 |
5年間 第一計画期間:2010~2014年度 第二計画期間:2015~2019年度 以後、5年間ごとの期間 |
削減義務の開始 | 2010年4月 |
基準排出量 | 2002~2007年度のいずれか連続する3か年度の平均排出量 |
削減義務率 |
区分Ⅰ-1 : オフィスビル等※1と地域冷暖房施設 8% 区分Ⅰ-2 : 地域冷暖房を多く利用している※2オフィスビル等※1 6% 区分Ⅱ : 工場等(Ⅰ-1、Ⅰ-2以外) 6% ※1 オフィスビル、官公庁庁舎、商業施設、宿泊施設、教育施設、医療施設 等 ※2 地域冷暖房から供給されているエネルギーが、事業所全使用量の20%以上 |
削減義務の履行手段 |
①自らで削減
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〔出典〕東京都ホームページより抜粋 http://www2.kankyo.metro.tokyo.jp/sgw/jorei-kaisei20080625.htm
中小クレジット、都外クレジット、国内クレジット・・・
もちろん市場価格は需要と供給のバランスで変化しますが、市場に出回るクレジットは不足するだろうと危惧されています。
大規模事業所は義務量を超えて削減できた超過削減量を他の事業者に売ることができますが、さらに厳しい第二計画期間(2015~2019年度)のために貯めておくとこと(バンキング)もできるので、手放すことはしないはずです。
するとクレジット創出の主体は都内の中小事業所に委ねられることになりますが、1,500㎘以下の建物での対策効果はせいぜい数十トン程度です。中小クレジットも豊富に手に入る代物ではなさそうです。
調達量全体の3分の1までは都外で創出されるクレジットも活用できるため、都外クレジットの限度枠を目一杯使うことも有効です。出遅れは致命傷になりかねないため、制度詳細が決定し次第、早急にクレジットをかき集める活動が始まることでしょう。
大規模事業所では自らの削減義務遂行管理のために、また中小事業所では不足が危ぶまれている削減クレジットを効率的に創出するために、CO2排出量や削減量の管理が欠かせません。多数の建物を運営する事業者は、なるべく自前の範囲でクレジットを賄いたいため、都内の大規模事業所だけでなく中小事業所や都外の事業所を含めた広範囲な情報集約が必要となります。
東京都に限った特殊な話だと思われるかもしれませんが、多くの自治体がこの先導的な制度を参考にしようと注目していると聞きます。また、国の施策でも国内排出量取引制度が整備され、大企業が自主行動計画の目標達成を補うために、中小企業の削減成果を国内クレジット化して取引する事例が増えています【図2】。
削減義務や排出量取引という生々しい場面が広まっていく傾向にあるのですから、CO2マネジメントが取り沙汰されているのも納得できます。
オーナー負担? テナント負担?
CO2削減義務や未達成分の費用負担は、建物オーナーだけが悩めば済む問題ではありません。
都条例ではテナント使用分も含めて削減義務が課せられ、テナント入居者にも「オーナーの削減対策に協力する義務」が明示されています。互いに協力して削減義務を達成できれば良いのですが、未達成分が残ってしまった場合は、一体誰が調達費用を負担するのでしょうか?
基本的にはオーナーが負担することになるのでしょうが、明らかにテナント事情で増えた排出量増加分についてはテナントに負担していただきたいと考えているオーナーも多いようです。
このようなルールづくりの場面を考えても、オーナー・テナント入居者の双方にとって、エネルギー使用実態を互いに納得できるデータで把握できることが重要となります。
省エネ法の改正で進むテナント使用量の明確化
来年の4月から施行される改正省エネ法【図3】からも、テナント使用量の明確化は全国的な規模で急速に進むはずです。
省エネ法の改正により、エネルギー管理の枠組みが「事業所(建物)単位」から「事業者(企業)単位」に変わりますので、今までは大きな事業所(建物)についての使用量報告や使用合理化計画を管理していたのが、これからは事業者(企業)の全事業所をまとめて管理することになります。
企業は事業所をテナントとして借りている場合も多いので、特定事業者に指定された企業が入居している建物のオーナーは、該当テナントのエネルギー使用量を提示してあげなければなりません。小さい建物に大きな企業が入居していることもありますので、建物の大小にはかかわらず発生する新たな管理業務です。既に今年の4月から使用量を把握しなければならない期間が始まっていますので、待った無しです【図4】。
テナントの電気・水道・ガスの使用量はきちんと計量されていても、空調のエネルギーは曖昧なことが多く見受けられます。空調機ごとに熱量を計量する装置が電気や水のメータに比べて高価なためですが、「料金取引ほど高精度でなくて良いから、何らかの手法で空調のエネルギー使用量も把握しなさい」というのが新しいルールです。
このように「企業のCO2総量把握」とは、建物側から考えると「テナント単位の使用量把握」というテーマに結びつきます。そして建物からテナントへ提示されるエネルギー使用量データの品質は、オフィスビル評価の重要な要素として侮れません。せっかく全事業所で省エネ活動(例えばクールビズによる空調温度の緩和)を盛り上げているのに、その建物だけ活動成果が反映されない方法(例えば温度情報を加味しない単純面積按分)でデータ算出されてしまったら、企業全体の環境モチベーションがしらけてしまうからです。
エネルギー原価管理への応用
建物内のエネルギー使用状況が整理されると、消費用途ごとのエネルギーコストが明らかになります。セントラル空調を有する大型の建物では、テナント専有部の空調原価が把握されていないことが多いようですが、省エネ法改正で行わざるを得なくなったテナント空調エネルギー推計をもう少しだけ工夫すれば、費用負担区分別の空調原価管理が可能になります。具体的には専有部空調エネルギーを、コアタイム/残業時間/ウォーミングアップ中の時間帯別に集計してやれば良いのです。熱源製造側のエネルギー集計も同様の時間帯別に集計すれば、各時間帯のエネルギー原価が割り出せます【図5・図6】。
多くの建物の残業空調延長料金単価は、空調設備の減価償却やメンテナンスコスト(固定費)を含めて、エネルギー原価(変動費)だけより高く設定されているようです。入居テナントの省エネ活動が定着して残業空調時間が減れば空調料金収入が減りますが、同額のエネルギー原価支出が減るわけではないので、収益が減ることになります。「どの季節に、何時間減ると、どのような収支になる」という分析とともに、入居者の省エネ活動に影響されない料金形態の検討も重要になってくると思われます。
CO2マネジメントは、環境関連制度対応という新たな側面だけでなく、突き詰めれば建物運営のコア業務にも役立つ機能であることをご理解いただきたい。
整備すべきCO2マネジメントとは?
CO2マネジメントの体系
それでは何をすれば良いのでしょうか? 具体的にCO2マネジメントの内容を整理してみましょう【図7】。
まずは、事業者(企業)と事業所(建物・オフィス)の関係を中心としたマネジメント体系についてです。事業者(企業)は全ての事業所のCO2排出状況を集約管理して、統一的な削減策を講じなければなりません。各事業所は、そのための情報を提示し、企業の方針に基づく削減対策を実行していくのですが、事業所の種別により具体的な実施内容が分かれます。所有建物が多い事業者とテナント賃借オフィスが多い事業者ではマネジメントの様相が違いますし、大規模事業所と中小規模事業所では制度上の立場が異なります。
さらに、スケジュール感を含めた具体的なマネジメント行動についてです。典型的なサンプル事例として、多くの建物を所有する不動産賃貸事業者が、ここ数年間で取り組まなければならないCO2マネジメントプランを【図8】に示します。
事業者(企業)の総量管理と方針決定
省エネ法で特定事業者に指定された企業は、来年の11月末には全事業所を集約した定期報告書と中長期計画書を提出しなければなりません。再来年以降は提出時期が7月末となり、毎年継続されます。
- 定期報告書(総量管理)
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定期報告書を作成するためには、エネルギー使用量の総量管理が必要です。全事業所から電力・ガス・油・空調熱などの使用量データを収集し、定期的に集計することになりますので、数十件規模以上の事業所をもつ企業では、きちんとした収集ルールや管理システムを整備しなければならないでしょう。所有建物事業所ではファシリティ管理者が頼りになりますが、テナント賃貸事業所が多い企業では要注意です。
全国に散らばる事業所からデータを収集する総量管理システムでは、インターネットを利用したASPサービスが有効となります【図9】。多事業所を相手に信頼性の高いコミュニケーションを図るためには、入力データの承認機能や元データ(請求書画像)の保存機能などが重宝します。また集約された情報は、企業の経営者や幅広い従業員などに向けて、リアルタイムでかつ分かり易く伝わらなければ意味がありませんので、目標値に対する達成度グラフやベンチマーク評価などの機能も重要です。
- 中長期計画書(実態把握⇒方針決定)
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中長期計画を作成するためには、各事業所の対策実態を把握しなければなりません。全事業所で詳細な省エネ診断を実施できるのが理想的ですが、事業所数が多い場合は、アンケートやヒアリングなどによる全般的な簡易調査を優先させるのも有効かもしれません。これらの情報により企業全体での方針や費用配分が検討され、具体的な対策を進めます。特定事業者企業では、役員クラスのエネルギー管理統括者と実務レベルのエネルギー管理企画推進者が選任され、これらを取りまとめる役割を担います。
事業所ごとに優先順位を決め、一件ずつ有効な対策を選択する方法もありますし、対策ごとに優先順位を決め、対象となる事業所に水平展開する方法もあります。テナント入居者が行う対策より、建物付帯設備の対策の方が多岐に渡りますので、所有建物が多い企業では力を注がなければならない活動です
事業所(建物・オフィス)としての管理項目
CO2マネジメントの基本フローは「各事業所の状況集約」⇒「事業者単位での方針決定」⇒「各事業所への展開」です。具体的な行動が各事業所にて効果的に実施されなければなりません。事業所側としての特徴的なCO2マネジメント項目について説明します。
- テナント空調エネルギー把握
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まずテナント空調エネルギー把握の具体策についてですが、背景の項で前述したように、特定事業者に指定された企業がテナントとして入居している建物では、空調として供給している熱量を含めて、テナントが使用しているエネルギー量を提示してあげなければなりません。
把握が困難な空調エネルギーについては、国から推奨する手法が示されています。推計、按分、計量とレベルが分かれ、いろいろな手法が許容されていますが、ひとつの目安として入居者の省エネ活動(空調時間の短縮や温度設定の緩和)が反映される方法が望まれます。
【図10】は、流量検出機能が付いている制御弁と温度センサを組み合わせて空調機の熱量を把握する方法です。温度コントロールを行いながら(開度を変化させながら)流量を検知しますので、専用の流量計よりは信頼度が落ちますが、熱量計測に必要な要素は全て備えているので、テナントからも納得される手法として急速に採用が進んでいます。テナント要望や費用面などの条件に応じて、いろいろな手法を組み合わせることが必要となるケースもあるでしょう。
- 大規模事業所
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大規模事業所では、制度対応に配慮しなければなりません。省エネ法のエネルギー管理指定工場(オフィスビルも含む)に指定されている場合は、事業所(建物・オフィス)単位の定期報告書を作成し、事業者(企業)単位の定期報告書に添付しなければなりませんし、工場総点検(現地調査)の対応も必要です。そのためには判断基準(経済産業省告示)で示されている管理標準を整備しておかなければなりません。
大規模事業所のクラスになると省エネ対策の項目も多いので、体系的なチェックリストが有効です。例えば、ライフサイクルの節目に実施する「設備更新」、多少の設備投資を伴う「省エネ機能追加」、導入済みの機能をフルに活用する「最適チューニング」、費用を掛けずに日常の使い勝手を工夫する「運用改善」などに分類して整理するのも良いでしょう【図11】。
【図11】対策の簡易分類
ハード面の措置(設備導入対策) 高効率設備更新 冷凍機、パッケージ空調機、ポンプ/ファン、照明器具、トランス など
※設備更新のため、建物のライフサイクルを考慮し適切な時期に実施省エネ機能追加 可変能力制御(インバータ)、空調機CO2制御、人感センサ など
※設備投資を伴うため、効果試算が重要(投資対効果の検討)ソフト面の措置(運用対策) 最適チューニング 熱源最適運転、搬送ポンプ圧力調整、冷気/暖気混合ロス防止調整 など
※費用は掛かるが、導入済み設備性能をフルに引き出すには有効運用改善 空調温度設定緩和(クールビズ)、タイムスケジュール見直し照明電球の間引き、こまめなスイッチ入り切り など
※費用をかけずに、日常の使い勝手の工夫だけで可能経済性を含めて省エネ対策を効果的に実施するためには、事前の効果試算や実施後の効果検証が欠かせません。また、事業所全般のエネルギー使用の全体像や合理性を把握するためにも、データ管理は重要です。これらを取りまとめるエネルギー管理システムはBEMS(Building Energy Management System)と呼ばれ、建物の省エネ性能評価においても重視されていますので、削減対策の実施と同様に、BEMSの充実も考慮する必要があります。
- 中小規模事業所
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中小規模事業所への規制は比較的緩やかなので、あまり負担になることはありません。逆に東京都の中小クレジットのように、助成面で制度を利用することができる場合もありますので注目してみてください。
大規模事業所では建物ごとに省エネ診断を行い、それぞれ固有の条件に応じた対策計画を立案することが多いですが、中小事業所では期待成果の規模が小さいことから、手の込んだ事前調査はできません。対策自体もなるべく手間を掛けずに行いたいので、同じ対策を多くの中小事業所に展開する手法を優先すると良いでしょう。
それぞれの企業、それぞれの建物やオフィスで条件は異なりますので、把握すべき情報も実施すべき対策も異なるのは当たり前ですが、幅広い対象範囲をなるべく体系的に整理することにより、効率よく管理・遂行する手段が"CO2マネジメント"ということになります。
今後の発展(説明責任のためのデータ武装)
企業・建物・オフィスを対象としたCO2マネジメントの全貌は、まだ掴みきれていません。温暖化防止に関する制度は益々強化されるのでしょうから、それらに対応するマネジメント手法も発展途上であり、「何を?いつまでに?どの位?行えば良いのかわからない」と足踏みされている方が多いのも事実です。
ただし、基礎となるマネジメントルールやデータベースは、今のうちにしっかりと構築しなければなりません。事業者(企業)は、全事業所(建物・オフィス)のCO2排出実態を具体的な情報で理解し、CO2削減のための努力や成果を社会に説明しなければならないという方向性、つまりデータ武装の必要性は否めないからです。
建物・オフィスの省エネ対策とは「建物設備の性能」と「運用のきめ細かさ」であり、それらの優劣を定量的に証明するデータの蓄積が、取組評価や成果量取引などの制度を支えることにより、近い将来の望ましいしくみが出来上がるのだと思います。
まずは、もう一歩踏み込んだ"見える化"を始めてみてはいかがですか? きっと、今行わなければならない行動が見えてくるはずです。
執筆者紹介
株式会社山武
ビルシステムカンパニー 環境ソリューション本部 環境マネジメント推進部
エネルギーコンサルティンググループ マネージャー 関根 勉 (エネルギー管理士) 氏
1985年、青山学院大学理工学部電気電子工学科卒業後、山武ハネウエ ル株式会社(現、㈱山武)に入社。ビル付帯設備の運転監視システムや自動制御機器のトップメーカーにて、計装設計および販売、システムエンジニアリング等に従事してきた。近年は、BEMSデータの活用を訴求しながら、省エネ法エネルギー管理士や東京都条例テクニカルアドバイザの立場で、多数建物のCO2削減計画に参画している。趣味はバレーボールだが、ほとんど引退状態??
企業紹介
住所 | 東京都千代田区丸の内2-7-3(東京ビル) |
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創業 | 1906年(明治39年) |
設立 | 1949年(昭和24年) |
資本金 | 105億円 |
業務内容 | azbilグループの中核として、"計測と制御"の技術をもとに、人々の安心・快適・達成感と地球環境への貢献をめざす「人を中心としたオートメーション」を追求。建物市場でビルディングオートメーション事業を、工場やプラント市場でアドバンスオートメーション事業を、ライフラインや健康などの生活に密着した市場において、ライフオートメーション事業を展開しています。また、一層の成長に向けて、海外市場においても積極的に事業を展開しています。 |
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