昨今の厳しい経済情勢を背景に、企業のオフィス移転は"まず、コスト削減ありき"といった様相を呈している。今号の弊誌「賃貸不動産市場、その動向と相場」でも、全国各都市でその傾向が顕著であると記されているが、しかし、移転を実施した個々の企業からしてみれば、そこには数々の戦略があり思惑があり、もちろん"コスト削減さえすればいい"といった単純なものではないはずだ。そのバリエーションは、まさに移転の数だけ存在する。今回の特別企画は「コスト削減移転十社十色」と題し、シービー・リチャードエリス(CBRE)が手がけたコスト削減移転事例をベースに、様々な移転パターンをシミュレーションしてみた。一部創作を加えてはいるが、具体例を基にしたリアルなケーススタディとなっており、ぜひ、今後の貴社の移転を成功に導くためにお役立ていただきたい。
移転コストシュミレーションの前提条件
引越費用 | 移転前の旧オフィスの面積に対して20,000円/坪。 |
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オフィス設計・工事費用 | 新たに入居する新オフィスの面積に対して140,000円/坪。 |
原状回復費用 | 移転前の旧オフィスの面積に対して60,000円/坪。 |
保障金・敷金 | 預託金の差額はオフィスコストの累計の比較には算入していない。 |
フリーレント | 全ケース1か月として賃料の二重支払いはないものとしている。 |
人件費削除は行わないという経営理念から、オフィス経費でリストラを図ったコスト削減移転
年間賃料コスト
削減率 | -47% | 削減額 | 3,240万円 |
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移転によるオフィスコスト累計比較
成熟したビジネス街からの移転でオフィスコストを削減したい
ネットワークベンチャーのA社は、ベンチャー企業には珍しく、成熟したビジネス街である霞が関で5年前に起業した。公共事業関連の受注が多かったことと、"霞が関"という立地のブランド力で企業価値の向上を図ることが立地選択の理由だった。起業して5年が経ち、次なる飛躍のため人材教育や研究開発への投資を増やしたいと考えるA社は、その費用を捻出するためオフィスコスト削減に着目。現立地よりも賃料の安いエリアへ移転することで、コスト削減が図れると考えたのだ。最近では業界内での知名度が向上し、公共事業以外の受注増を目指すようになったため、霞が関という立地にこだわる必要性が薄れていたことも移転理由の一つだった。
移転に際して、A社にはいくつかの要望があった。一つはフリーアドレスの導入。今後、プロジェクト単位の案件を増やしていくた成熟したビジネス街からの移転でオフィスコストを削減したいめには、プロジェクトチームの編成に柔軟に対応する執務環境が不可欠である。現ビルでも導入できなくはないが、専用の機器やPC、什器等、必要なコストを移転予算の中でまかないたいと考えたのだ。もう一つは、社員の通勤利便性の確保。社員は神奈川県方面の在住者が多かったことから、社員にとって通勤の便がよく、会社全体の通勤コストを抑制できるような立地が望まれた。
社員の通勤を考慮した立地選択ランニングコスト半減を達成
A社は、オフィスコストの削減目標を年間30~40%に設定。その実現に向けて、CBREに協力を依頼した。CBREは、都内はもとより首都圏の広範囲にわたる豊富な物件と、複数エリアのオフィス賃料を比較できる詳細なデータを有しており、幅広い選択肢の中からコスト削減の最大化を図りたいA社にとっては、力強いパートナーとなった。また、CBREが独自に開発した「通勤コストシミュレーション」を用い、全社員の通勤コストも含めたコストシミュレーションによりコストメリットを明確にできたことも、移転先を検討し、社内コンセンサスを得る上で大いに役立った。加えて、物件探しから引越までのスケジュール管理や、複数にまたがる業者への対外的窓口としても対応。ベンチャー企業の宿命である移転経験のなさや人材不足をバックアップするべく、移転業務担当者を1人しか配置できないA社を強力にサポートした。
A社が最終的に選んだ移転先は蒲田だった。ビジネス立地の知名度は低いものの、コストは約半分にまで削減。加えて、社員が通勤しやすく、また全国各地の得意先へ訪問する際の、羽田からの飛行機、品川からの新幹線利用にも便利な立地となった。フリーアドレス導入の結果、業務効率や環境の改善を実現でき、執務スペース削減にもつながった。その分をリフレッシュコーナーや新設したサーバールームに充てることで、オフィスの有効活用が可能になった。移転を終え、A社担当者は「当社のさらなる業務拡大に必要な器を、半分のコストで手に入れることができた」とその成果を振り返った。