アジアにおけるリスクから考える、企業の拠点進出のあり方とは
豊富な海外業務経験を持つCBREのプロフェッショナルが語る、企業のアジア進出における課題と今後の展望
出席者
水登 朱美(司会)
Akemi Mizuto
リサーチ チーフアナリスト
臼井 豊秋
Toyoaki Usui
ジャパンデスクバンコク
藤本 隆博
Takahiro Fujimoto
コンサルティング本部
エグゼクティブディレクター 部長
田口 元
Hajimu Taguchi
ジャパンデスク上海 シニアディレクター
水谷 賀子
Shigeko Mizuko
バリュエーション&アドバイザリー・
サービス本部
エグゼクティブディレクター 部長
吉田 書雄
Fumio Yoshida
グローバル・コーポレートサービス本部
トランザクションマネジメント部
水害を乗り越え、日本企業の進出で活況を呈するタイ
水登一昨年の東日本大震災は、企業の事業継続におけるリスクをクローズアップし、各業界がリスク対応について再考する契機となりました。その年の秋に起こったタイの洪水は記憶に新しいところですが、タイは日系企業の進出が目覚ましい国でもあり、それら企業は現地でのビジネスとリスクについてどのように捉えているのか、現状をお聞かせください。
臼井日本でも大きく報道されたように、2011年10月に、バンコクを中心とした北部地域に洪水による水害が発生し、バンコクの北方面にある工業団地は約3mもの浸水によって操業停止に追い込まれ、その状況が2ヵ月近くも続いていました。また、直接水害を被らなかったものの、製品を納品・出荷している企業も、物流が止まった影響を受け、タイの経済に大きな打撃を与えることとなりました。これらの工業団地には、電気・電子・精密機器関連企業が多く集積しており、日本から進出した企業も数多く影響を受けました。
一方、同様に積極的にタイに進出している自動車産業の拠点は、東部から南東部の工業団地が多いため、工場や労働者など直接的な影響は限定的でしたが、製品、パーツの物流停止で被害を受けた点は同じでしょう。このため、水害後、早いところでは1週間くらいで賃借、購入を含めた代替地探しに乗り出していました。その結果、現在では被災地の復旧と移転企業の新規建設が重なり、建築会社はかなり多忙な状態になっています。
被災地に残った企業では、最近になっても操業を再開したり、逆に完全撤退といった結論が出ていて、被災企業による工場売却希望もあります。しかし、購入を希望する新規進出企業はほとんどありません。一方、自動車関連を中心に東部地域への進出は活発で、土地が不足しており、エリアによる状況格差が明確になっています。
水登保険が手当てできない状態のままになっているにもかかわらず、北部地域に残る選択をした企業のことが日本でも報道されましたが、それは特殊な事例なのですか。
臼井現在、水害に関しては保険で手当てできないので、依然リスクは抱えていますが、規模が大きすぎて動きたくても動けないとか、納品先が動かないからといった事情で残ることを選択した企業はあります。水が来ても仕方ないという覚悟のうえのことと思いますが、洪水も一気に襲ってくるわけではなく、徐々に近づいてくる分、時間はありますから、その間に製品や機械を高いところに移動することで対処しようとしているようです。
藤本すると日本企業によるBOI(投資優遇制度)の申請件数が2012年に大幅に増えているのは、東部や南東部が中心なのですか。
臼井東部や南東部の工業団地には、非常に大型の案件がいくつも出てきていますね。
藤本昨年、タイ政府が治水工事を進め、また日本国内での企業誘致活動を積極的に展開したことが、水害後の企業誘致に功を奏したと言われているようですが。
臼井はい、わずかですが政府主導の洪水保険制度の導入の他に、浚渫工事で運河の許容水量を増やす、また市街地などに被害を与えないよう、溜池のように水が流れ込む場所を作る計画も出てきています。
田口もし土地価格が下がっているなら、今、売りに出ている工業団地を安く買って、後で高く売却するといった動きも考えられるのでは。
臼井毎月の管理費やユーティリティの販売などによる収入があるため、工業団地の価格は下がっていません。ロジャナの工業団地はあれだけの水害に遭ったのに、新たに2つの工業団地の開発を発表して売却を始めました。ロジャナの2件のうち、1件は4,000ライ(640万㎡)の土地を買収しているのですが、先日問い合わせをしたところ、残りわずかという状態でした。
田口政情不安やデモといった問題は解決しているのですか。
臼井もともと問題が起こっていたのはバンコクだけで、工業団地には影響はありませんでした。日本企業は引き続きどんどん進出していますし、その工場を対象とした新規のサービスを展開する企業の拠点や、販売拠点も見受けられます。
藤本東南アジア全体で、「工場」から「市場」へ、つまり生産拠点から現地マーケットを対象にした拠点進出という動きが見られますが、タイではどうなのでしょう。
臼井特にタイは自動車の販売台数が伸びていて、私が赴任した2004年頃には年間登録台数が50万台でしたが、昨年には年間100万台を超えました。これは世界のトップ10に入ったのではないでしょうか。政府が1,200ccクラスのエコカーの促進支援策を打ち出したこともあって、10年で2倍の市場規模になっています。もちろん、その背景には物価の上昇や人件費のアップもありますが。
田口日系企業の進出は、まだ生産拠点としての進出が多いのですか。タイは中国と比較しても、賃金上昇も中国ほどではないし、日本人との親和性もあります。進出企業データを見ると圧倒的に中国進出企業と重なるのですが、タイが中国から撤退する企業の受け皿になっているということはあるのでしょうか。
臼井賃金面だけを考えれば、もっと安いカンボジアやベトナムへ移転していると思います。
藤本マーケットのバランスでしょう。生産ができて、しかも市場としても魅力を感じられるという位置付けではないでしょうか。
臼井かつての中国のような繊維業の進出などは、タイではあまり聞かないですね。単純な生産はむしろバングラデシュやアフリカへ移っているようで、タイではこうした生産拠点としての位置付けは下がっています。ただ、日系企業数で言うと、バンコク商工会の入会企業だけで1,300社以上あり、資本関係の大小を別にすれば6,000~7,000社の日系企業があると言われています。
藤本東南アジア共通の課題として、マネジメントクラスの人材の確保が難しいようですね。工員はたくさんいるけど、彼らをマネジメントできる現地の人材を育てるには10~20年もかかってしまう。この層は賃金も高いと聞きますが。
臼井タイでもそうです。特に工業地帯では、バンコクより高い給与が必要になることもあります。高学歴者は皆、バンコクで働きたがるので、車や住宅などのインセンティブを付けないと来てくれないのが実情です。
水登水害当時に、熟練指導者に日本の工場に来てもらって、こちらで教育したという話も聞いていますし、アジア各国の中で比較すると、タイは教育水準も高く、中間マネジメント層は厚い方かもしれないと思っています。総括すると、洪水の日系企業への影響は限定的で、進出の中心エリアが変わったものの、日本からの進出の大きな流れに、文字通り水を差すことにはならなかったということでよろしいでしょうか。
臼井そうですね。洪水も基本的には政策の失敗と言われていて、今はいろいろな施策が考えられていますし、天災と言えるものは今回の水害だけで、他はむしろ少ないくらいです。エリアの選択を間違えなければ、この先もビジネスチャンスは広がっていくと思います。
進出目的が変わりつつある中国
水登一方、日本企業をはじめ各国の拠点が集積し、これまで“世界の工場”とまで言われていた中国ですが、最近は企業進出も様変わりしつつあると聞いています。今日の状況はどうなのでしょう。
田口ご存知のように中国への工場進出はかなり前から進んでいますが、一部の繊維業などではすでにさらに安い労働力を求めて他国への移動が始まっています。一方、自動車や電機については中国の技術力が優勢を保っており、車メーカーへのサプライヤーの進出が今も続いています。また、ユニ・チャームのように内需を見込んで、消費地に近い天津と揚州に巨大な工場を建設するところもあり、一概に撤退傾向とは言えません。企業の中国進出のフェイズが変わってきたと言えるでしょう。
水登生産面では撤退する工場もある一方で、中間層の成長に伴い、中国国内の消費者に向けた販売を目的としたリテール企業の進出は非常に活発のようですね。
田口はい。当社調査による「世界のリテールランキング」の施設面積別の世界トップ50都市が発表されていますが、そのトップ20に中国の12都市が入っており、それだけ巨大なリテール施設を支える購買力が見込まれています。なにしろ人口が13億人ですから、そのボリュームゾーンである中間層を見据えた進出は、まだまだ伸びる余地があります。欧米の企業は、富裕層ターゲット、中間層ターゲットと戦略も多元化してきています。ただコストが安いというだけで進出し、戦略のない企業は淘汰されていくと思われます。
日本のフォーマットの押しつけでなく、中国フォーマットを取り込むことも重要でしょう。イオン、平和堂、イトーヨーカドーなどの、成功しているSC(ショッピングセンター)がありますが、その地域性に根ざした戦略を立てる事が大事だと思います。中国人のメンタリティや地域性を理解することが重要で、日本の売れ残りを売ろうなどという考えは通用しないと思われます。
水登日本では、尖閣問題に端を発した反日運動による日本企業バッシングが企業進出リスクとして大きく取り上げられましたが、実際のところ、現地の人たちはどう受け止めているのでしょう。
田口尖閣問題については、若い層は教育で植え付けられているので、簡単には国民意識を変えることは出来ないと思います。ただ、デモにおける過剰な行動については、一部の不満分子の鬱憤が招いたものとして、多くの人たちは恥ずべき行為だと感じています。
藤本コンサルティングの現場でも、昨年末くらいからまた中国に関するご相談が増えています。お互いにビジネスの視点で考えるというコンセンサスはあるのではないでしょうか。
田口そう思います。日本車販売はデモの影響で大きく落ち込み、相当期間回復しないと思われましたが、メーカーの努力もありますが、いいものは買うという考えが再び出てきており、反日運動の沈静化は予想以上に早い感じがしています。
藤本不動産開発についてはどのような動向が見られますか。
田口マーケットに取引可能な物件があまり出ないので、本格的な不動産の流動化はまだ先のことと思われます。中国、台湾、シンガポール系や香港資本と、欧米系の一部の投資家は、早い時期に沿海部での展開をしましたが、一旦手仕舞いし、より収益機会の高い内陸部へも進出が活発化しています。内陸部といえば成都、重慶のある四川省だけでも2億人の人口がいますから、長期的に見て底知れないポテンシャルを秘めていると思います。2級都市や3級都市での、農村部にいる人達の生活向上によるボリュームゾーン増加で、ビジネスチャンスは広がっていくでしょうね。
水谷価格の不透明性や情報不足の点で、不動産鑑定評価の立場でも、お客様からよくご相談を受けるのは中国についてです。開示されている情報が少ないため、マーケット状況の把握が、なかなか困難であると思われます。そのため、評価を依頼するに当たっては、お客様は依頼先の信頼度を大変重視されます。
藤本中国では信頼できる現地パートナーが見つかるかどうかも大きな要素だと聞いていますが。
田口一部のデベロッパーは独資で展開をしているところもありますが、中国で仕事をするうえでの経験不足を補うためや、土地確保を可能とする政府との交渉、許認可関係をスムーズに進めるため、JVの形態をとっている会社がまだ多いですね。
藤本マーケットが未成熟な分、可能性はあるが、準備不足ではリスクが大きいということですね。
今後の動向が注目されるアジア諸国
水登日本の2大進出先であるタイ、中国の状況は理解できました。次に、その他の東南アジアの新興国にスポットを当てたいと思いますが、同じアジアでも、タイや中国と、後発のインドその他の新興国の状況はかなり違うのでしょうか。
吉田実際に、中国から撤退して他の東南アジア諸国へ移転するというケースは、あまり聞きません。むしろ将来、中国で需要なり生産が抑えられてしまった時のバックアップとして、どこにしようかと模索しているというのが企業側の主流ではないでしょうか。それがインド、インドネシア、ベトナム、ミャンマーに関心が向いている理由だと思われます。
その中で不動産に関連して言えば、他国と比べてインドは進出のハードルが高い国だと思います。というのは、他の国の場合は日系企業の生産施設が来るとなると、誘致のために土地はもちろん、税制などのインセンティブや労働力を用意するなど、非常に積極的なのですが、インドでも工場進出はもちろん歓迎されますが、土地の工面や労働力の確保については未だ支援の制度がそれほど充実していません。ただ、渡航の度に飛行機内の日本人比率が高くなっているのが分かるくらいですから、進出している企業は間違いなく増えていると言えます。
田口それは生産拠点としての進出がメインなのですか。
吉田生産と販売の両方ですね。中でもメインは自動車で、在インドのある日本機関には昨年1年間で900社の問い合わせがあり、そのほとんどが自動車関連企業だったとのことです。
藤本インドは輸出比率が低く、国内の消費が中心のようですね。
吉田はい。ただインド政府も外貨を得たいので、内需向けはそうでもないのですが、輸出をする企業に対するインセンティブは厚くしているようです。
田口東南アジアのハブとしてのポジションが高い、シンガポールはどうですか。
水登生産拠点としての進出先とは異なりますが、金融関連企業については、香港とシンガポールの2ヵ所に情報も集まりやすいため、企業進出先の中心になっています。
田口インドネシア、ベトナム、インド、タイなどに比較的近いという立地的優位性もあるので、シンガポールは金融をはじめ東南アジアビジネスのハブとして盤石でしょう。
臼井バンコクがもっと金融に力を入れたら、生産拠点もありますし、大規模な空港も整備されていますので、金融関連での発展が期待されますが、いかんせん現状では金融面の規制や通信インフラ面等が弱いことがネックになっています。
藤本東南アジアをメコン経済圏という観点で見ると、ベトナムやインドネシアのインフラ整備が進めば、ハブとしての位置付けはシンガポールだけではなくなることが予想されます。
田口ところで、インドはチャイナプラスワンという位置付けではなく、少し進出形態が違うと思うのですが、その辺りの魅力は。
吉田インドでは、中間所得者層が増加しており、その消費力をターゲットにした幅広い業種がビジネスに参入しています。
藤本その意味で言うとチャイナプラスワンの生産拠点としては、インドではなくベトナムやフィリピンということになるのかもしれません。インドはやはり、12億人の人口を前提にした「市場」としての位置付けが強いと思います。
臼井ただ、ベトナムは電気水道などのインフラ整備が弱いことに加えて、人口が3,000万人余りと、やや少ないことが気になるところですね。
日本と違うことを認識することが海外進出の第一歩
水登ここまで中国およびインド、東南アジアの現状について話を伺ってきましたが、海外進出についてはリーガルリスクや商慣習の違いなど、クリアすべき問題もあると思いますがいかがでしょうか。
水谷特にお伺いしたいのは、不動産マーケットの透明度です。先程も申しましたが、例えば中国の不動産市場は動向の把握が必ずしも容易ではないため、現地で行った鑑定評価を日本のお客様にご説明するに当たっても、賃貸事例・取引事例等の市場データが限られていることから、価格の妥当性についてのご説明が難しい面があるのですが。
田口中国では土地は国有でも、一度払い下げられた不動産は民間取引ができるはずなのですが、実際には政府の意向が影響するのも事実です。上海等のすでに都市化が進んでいる地域では、工場等の新規進出の場合は、企業の資本金、投資金額、見込納税額等の基準が厳しくなり、来て欲しい業種、会社には、建築規制の面でも寛容ですが、そうでない場合にはあまり誘致に積極的ではありません。
吉田ベトナムなども同様で、企業の規模や、労働者をどれだけ雇用するかによって、取引価格が変わることもあるようです。もともと土地は国有ですから、相場という発想自体、あまりないのかもしれません。
田口先に述べましたが、中国も土地は国有で、事業用地では例えば50年間の借地権利を買い取るという形になります。転売の場合は、借地権の残存期間分の権利を売買するという形態になります。契約の際、一定の建ぺい率、容積率は定められていますが、当該政府との交渉で修正されることがあり、その場合、承認は口頭で行われることが多いようです。実効の容積率等が確定するのは、申請図面が受理された時点と言えるかもしれません。
臼井日本との制度の違いでは、タイの都市計画は5年の時限立法であること。以前は建てられたけれど今はできないといったことが頻繁に起こる可能性があります。さらには、不動産鑑定の際、売買の成約事例を把握することが困難ですから、資料として集める比較事例の価格はほとんどが募集価格になっています。そもそも登記簿が非公開なので、土地の所有者を見つけ出すことさえ難しい状況です。
水谷その辺りは、現地に長くいる人しか理解できない、慣習的なところも大きいのでしょう。
藤本我々はインドや中国を国として一括りで考えているけれど、実際には州やエリアで全く異なります。特にインドは連邦国家なので、州ごとに言葉も習慣も法律も違うのですから、まずそこを理解しなければならないでしょう。
吉田同時に、政府関連だから安心という意識も変える必要があると思います。政府系の工業団地の方が民間と比較して柔軟性がなく、買主が負わなければならないリスクが多いような国もあります。実際にある企業が政府系工業団地を買い取った時のケースですが、政府は農民から土地を買い上げて、それを工業団地としてリースで企業に貸すので、土地の所有権は政府に移転していなければならないのですが、企業とのリース契約時点でまだ移っていなかったのです。結局その土地は、農民の反対で買えなかったという話がありました。
水谷そうですね。私が聞いた事例でも、政府系機関の紹介なので安心して不動産を購入したけれども、後で鑑定評価を得たところ、取得価格が割高だったらしいことが判明したそうです。比較検討のための公表されているデータが限られているので、言い値に近い価格で購入してしまったのでしょうが、事前調査をしないことで、後で損失に気付くこともあると思われます。
田口日本企業の方は、日本と同等のレベルで物事が進むことを前提に進出するため、なかなか思うように行かず困られることも多いようです。日本の方には日本のように物事は進まないのを覚悟してくださいとご説明しますが、理解しづらいことも多いようです。
藤本その最たるものがデータや情報の環境でしょう。日本のような公的なデータや売買情報などは、一般には入手できないのが常識です。それらを足で歩いて集めるのだから、コストがかかるのもやむを得ません。
臼井例えばホテルの稼働率を知りたくてもデータがありませんので、全部、自分たちで泊まりながら調査するしかありません。いくつものホテルを手分けして回るのですから、自ずと費用はかかります。
水谷なかなか得られにくい情報にお金がかかることが、理解されていないように思います。
水登その点では、海外不動産市場調査・コンサルティングの立場でも同様ですか。
藤本はい。本来は基礎調査こそ重要で、そこがしっかりしていないと話にならないはずなのですが。しっかりマーケティングをして、リスクを知ったうえでどうするかを決める。そのための基礎調査や情報収集であるのに、日本人は全般的にそうした専門家の使い方が上手ではない気がします。
水谷鑑定評価の立場で言うと、そもそもの投資マーケットの価格情報があって、それを元にこの物件の価格がこうだというロジックを求められるけれど、その要求の高さと比較して、集められる情報は限られているので、十分なロジックが組みにくい点はありますね。
臼井日系企業は書類に基づいて規定通り進めようとするようですが、海外では規定通りにはいかない点が多いのも事実です。その意味では先程も話に出ましたが、日本ではないということを肝に銘じるべきでしょう。
吉田例えば工場進出の際、担当部門は日本国内なら総務部等になりますが、海外では生産部門です。英語が苦手、データがない、リーガルリスクを知らない、不動産取引の経験もほとんどないという状況では、交渉はできません。それにも関わらず上層部から有利な条件で進出するようにと言われても、現場の方々には無理な話でしょう。結果的に、リスクヘッジを契約書に織り込まないままサインしてしまう例が見受けられるのが実情です。こうした事態を避けるために、我々のような専門家が存在するのです。
臼井ビルオーナーから聞いた話ですが、賃貸ビルの更新時期が来ているのに更新手続きをしない日系企業もあるようです。日本と違って自動更新ではないので、期限が来たら契約は終わりでテナントは保護されません。更新のオプションを使うなら3~6ヵ月前に通知しなければならないのに何も言ってこないので、このままでは退去ですと伝えてようやく反応があったそうです。日本の慣習が通用しない一例でしょう。
水登日系企業に対して、そういう点もサポートできる日系のノウハウを持つ不動産会社の役割が重要になってきますね。
臼井ただ、その慣習などを含めた、日本と現地の違いを理解している人がどれだけいるかも問題です。不動産会社の日本人でも現地採用が多く、つまり現地には詳しくても日本の商慣習を知らない人たちが対応しているケースが多いので、サポートしきれていない可能性もあります。
専門家集団としてアウトバウンド進出を的確にサポート
水登最後に、日本が世界に伍しての存続をかけた海外進出に臨むうえで、各地域における課題および今後の可能性をどう見るべきでしょうか。
田口繰り返しになりますが、これからの中国進出には、調査に基づいたビジネスターゲットの明確化と、方法論の構築の必要があるでしょう。思いつきで何とかなるといった進出で成功できる可能性は低いと思います。各設立過程の違いから事業部単位等でバラバラに進出していた企業が、現在は統合してホールディングカンパニーを作るという傾向も見られ、市場として踏み込んだ戦略が必要になってきていると感じます。
臼井タイは製造拠点としては整備されているうえに、製品の納入先やサプライヤーも見つけやすいなど、進出しやすい環境が整っていると言えるでしょう。市場としての魅力も十分にあります。これから賃金は上昇基調になるかもしれませんが、陸続きの近隣国との分業を図るなどの対応を検討できれば、さらにポテンシャルは上がると思います。
吉田東南アジア全般への進出で重要なのは、日本とは違うということを認識することです。トラブルは起こるものという前提で、それにどう対処するか意識を変えていかないと、事業継続は難しいでしょう。取り組む姿勢のシフトチェンジが最も重要だと思います。
藤本コンサルティングの立場としても同様で、やはり基本的に日本とは違うと理解すべきだということ。もう1つは、ノーリスクという状況はあり得ないので、いかにリスクを把握して進めていくかが重要だということです。そのためには、実績のある専門家を使って、しっかりマーケティングするべきでしょう。そうすることが結果的に、日本企業の成長と現地の発展がうまくリンクするベストな方法だと思いますので、それを前提に企業進出のサポートをしていきたいと考えています。
水谷今後の日本企業の発展に当たっては、積極的な海外進出も視野に入れていかなければならないと思います。企業がグローバル化していく中では、我々のような事業用不動産サービス会社のサポートを利用することが、有効な手段でありかつ効果的なリスクヘッジであると思います。日本人のプロフェッショナルが各国におりますし、また日本にいるプロフェッショナルを通じて、海外の鑑定評価も含む各種不動産サービスをワンストップで提供できる環境が整っていますので、発展に向けたパートナーとしてご相談いただければと思います。
水登国内企業の海外進出において、CBREグループ全体で、鑑定評価や調査・コンサルティング、不動産売買・賃貸借の仲介、戦略的アドバイザリー、コーポレートサービス、ファシリティマネジメント、プロパティマネジメント、プロジェクトマネジメント等、総合ソリューションサービスをさらに有機的に展開すべく、現在その組織化を進行しています。進出をお考えの企業により充実したサービスを提供できるよう、各部門で連携していきましょう。
〔収録:2013年1月7日〕
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