執筆(第4章)
シービーアールイー㈱
貝畑 奈央子
アジアにおける中核都市としての位置付けを確たるものにしているシンガポール、香港。2008年のリーマンショックの影響を受けて落ち込んだオフィスマーケットは短期間のうちに持ち直しを図ったものの、欧州債務危機の影響がアジアに拡大したことを受け、2011年に再び悪化した。しかし、足元では2013年の世界経済の回復と共に、明るさを取り戻しつつある。本章では、そうした回復の兆しが見え始めたアジアの2大中核都市のオフィスマーケットについて概括する【図9】【図10】。
リーマンショック後のマーケット
2008年秋のリーマンショックの影響を受け、グレードAビルの想定成約賃料はそれ以前の水準よりも香港で約50%、シンガポールでは約60%落ち込んだ。香港では、リーマンショック直後の2009年第2四半期には賃料の低下基調がいち早く一服したが、シンガポールでは低下基調が香港よりも長期化し、下落幅も大きかった。コアCBDの空室率も、香港では1%台から5%台に上昇(2008年第3四半期1.4%、2009年第1四半期5.4%)。シンガポールにおいては3%台から9%に迫る水準にまで上昇(2008年第3四半期3.8%、2009年第4四半期8.9%)した。
世界景気が急速に冷え込む中、その回復を牽引するアジア経済の2大ハブとして、両都市はいち早く金融セクターを中心とする需要を再び取り込み、約1年後の2009年末から2010年初めには、いずれのマーケットの賃料、空室率にも回復の兆しが見え始めた。香港においてはシンガポールよりもやや早く空室率の上昇傾向が落ち着き、賃料に至っては、需要の強い回復力に加えて、その受け皿となる供給が限られていることも重なり、約2年後の2011年初めにはリーマンショック前の水準を取り戻した。
欧州債務危機後のマーケット
しかし、ギリシャの財政問題に端を発する債務危機が欧州債務危機へと拡大。状況の深刻化に伴い、アジアにも影響が出始め、2010年末から2011年初めにいずれのマーケットの空室率も再び上昇に転換した。2011年後半からは賃料も下落し始め、再び低迷した状態が2013年末までしばらく続くことになる。
この間、シンガポールでは「マリーナベイ」エリアにおいて「マリーナベイファイナンシャルセンター タワー1、2、3」「アジアスクウェア タワー1」といった大型ビルの竣工が続き、空室率は一時リーマンショック後を上回る9.3%まで上昇。その2012年第1四半期をピークに低下基調を維持しているが、日本と同様に目安として使われているマーケットのベンチマークの5%を上回る水準が続いた。
香港においても、空室率はリーマンショック後を上回る水準にまで上昇したが、シンガポールと同じ2012年第1四半期をピークに空室率は低下に転じ、需要が弱含みの中、賃料調整の動きに支えられ、5%前後の落ち着いた水準で推移してきた。
賃料については、香港が2011年後半のピーク時の水準から約20%、シンガポールは約10%の落ち込みとなっており、香港よりも空室率の上昇幅が大きく、またその水準が高いシンガポールにおいて、賃料の調整幅が少ないのが特徴となっている。
今後の見通し
都市間競争の視点から
このように、アジアの中核を担う香港、シンガポールのオフィスマーケットは、過去5年の間にリーマンショック、欧州債務危機という大きな経済危機をほぼ同じように克服してきた。しかし、ここ数年の各企業の「チャイナ・プラス・ワン」の動き、中国経済の減速、東南アジア各国経済の台頭を踏まえると、短・中期的にはシンガポールにビジネスの軸足を置く企業が増え、マーケットが活性化する可能性があると考えられる。その理由として、ここで香港、シンガポールのオフィスマーケットの特徴の違いを整理したい。
まず、それぞれの都市のコアCBDにおけるオフィスマーケットストックの成長度合いを比べると、2008年から2013年の間に香港では約5%、シンガポールでは約30%となっており、昨今のテナントニーズ(個別空調、広い無柱空間、高速化・大容量化に対応した通信環境等)に合ったオフィスビルの供給は、香港では非常に限られている。
また、オフィスへの入居コストの高さから見ても、シンガポールの方が優位であると言える。実際、2013年第3四半期のグレードAビルの賃料は、香港では月額60,800円/坪で東京(39,500円/坪)の約1.5倍、シンガポールは月額27,800円/坪で東京の約7割程度。香港での入居コストは、シンガポールの2倍超ということになる【図11】。
足元では東南アジア経済を牽引していたインドネシアやタイの沈滞、シンガポールのオフィス賃料の上昇といった見通しも出ているが、オフィスマーケットの更なる成長可能性、コスト競争力の高さといった点から、マクロ的には香港とシンガポールの都市間競争の中で、短・中期的にはシンガポールに注目が集まる可能性が高いと考えられる。
オフィスマーケットの視点から
香港のマーケットは長引く需要の弱含みを理由に引き続き低迷した状態が続いているが、コアCBDの2013年第4四半期の空室率は4.5%と2四半期ぶりに5%以下の水準に改善。しかし、空室率が改善してもオーナーのテナント退去リスクに対する警戒感は薄れることなく、賃料設定に慎重な姿勢は崩していないものの、グレードAビルの賃料は低下傾向に歯止めがかかり、3期連続でほぼ横ばいで推移している。
2014年前半もこうした状況が続くものと予想されるが、後半は2015年に向けてテナントの動きが活性化する可能性がある。また、香港の新規株式公開(IPO)市場が活況を取り戻しつつあり、景況感の持ち直しによる需給バランスの改善、それに伴う賃料反転が期待されている。
シンガポールでは2013年第3四半期に「アジアスクウェア タワー2」が竣工し、一時的にコアCBDの空室率が6.5%に跳ね上がったものの、続く第4四半期には再び4.8%に改善。欧州債務危機後、低下傾向が続いていたグレードAビルの賃料も、世界経済の回復、そして同エリアの他の国々の経済成長を背景に、自国の経済成長も持ち直し始め、2年ぶりに上昇に転じた。
足元ではインドネシアやタイの景気の先行きに不透明さが出始めるものの、そのポテンシャルの高さは揺るぎない。一方、ベトナムやフィリピンでは明るい兆しが出始めており、東南アジアにおけるシンガポールの拠点性は維持されるものと考えられる。
そして、コアCBDの空室率が5%を切る水準の中、2016年に予定されている「マリーナワン」の大型竣工までは供給が抑えられることもあり、2014年から2015年にかけて、賃料の本格的な回復が予想される。