コロナ下でテナントを募集していた区画のうち、従前のテナントが退出するまでに後継テナントが見つからず、物理的に空室となるに至った区画は80.8%だった。コロナ前の64.6%に対して、16.2ポイント増えている。空室となることで路面区画の賃料収入がない期間に、収入減を補う施策として考えられるものを、国内外のケースから3つ紹介する。
2-1.ポップアップストア
1つ目は、ポップアップストアと呼ばれる期間限定店舗である。図4をみると、コロナ前の2019年には、対前年比で85.7%増となる195件の出店があった。コロナ下の2020年は、対前年比で52.8%減の92件にとどまっていたが、2021年は134件、2022年には172件と再び増加傾向にある。エリア別では、表参道と原宿への出店が多いが、銀座や心斎橋でもみられている。実際に、本レポートの集計対象となった、空室が長期化した募集区画の中には、ポップアップストアを誘致したケースが複数あった。賃借期間としては、1ヶ月から3ヶ月程度が多いものの、3年という期間もあり幅がある。業態としては、ファッション、ラグジュアリーブランド、アウトドア・スポーツで8割程度を占めている。また、エリアによっては、アニメなどのコンテンツ事業やカプセルトイ、食物販などもみられている。
新商品のプロモーションやテストマーケティングをおこなう目的のリテーラーであれば、賃料水準は相場を超えることも考えられる。一方、商品の販売が主目的だと、店舗の採算性が最優先となるため、賃料は相場を下回る可能性もある。貸し方としては、①オーナーが自らテナントに賃貸する、②広告代理店などに運営委託または賃貸する、という2つのパターンがある。内装は、空調設備や照明機器の設置、床を張って前面道路との段差をなくすこと、などへの投資が求められるケースが多い。
2-2.デジタルサイネージ
2つ目は、デジタルサイネージと呼ばれる壁面広告である。数としてはまだ少ないものの、表参道や原宿、渋谷などでみられている。広告掲載の判断は、前面道路の歩行者量、区画の間口の大きさ、外観にガラス素材を多く使っていることなどを鑑みて判断される。広告掲載の期間としては、2週間から3ヶ月程度まで、空室期間に応じてオーナーの方針に沿って柔軟に設置や撤収ができる。掲載に際する設備投資や機器の搬入に、デジタルサイネージを提供する企業側でさほどコストが掛からないためだ。すなわち、投資コストの回収が短期間でしやすいという特徴がある。業態としては、既に自動車や家電、観光振興を目的とした広告などがみられているが、今後は業態の幅が広がると予想する。
オーナーへの収入は、ポップアップストアに比べると少ない一方、内装への投資はなくなる。また、物件自体の広告をおこなうことで、認知度を上げることもできそうだ。
ウィンドウ プロジェクション マーケティング(WPM)
CBREとストリート ビジョン株式会社(本社:東京都港区南青山、以下 Street Vision)が提携し、商業ビルの空室のウィンドウを活用した広告・物件マーケティング。
Street Visionの革新的なコンテンツ制作やプロジェクションマッピングの技術と、CBREの不動産業界におけるネットワークや専門知識を融合することで実現。テジタル プロジェクションを駆使した映像をウィンドウに映し出す技術により、創造的なマーケティングツールとして、空室期間のスペースの有効活用や第三者からの広告による収益化が可能。人通りの多いエリアで消費者に直接アピールできることから、様々な業種、業界から注目を集めている。
CBREが国内で初めてWPMを採用したのは、「南青山5丁目プロジェクト(MA5)」。MA5は表参道、青山通り、みゆき通りが交差する表参道交差点に近い青山の中心に位置しており、建築家 槇文彦の代表作のひとつであるスパイラルビルに隣接するビルで、2022年12月1日より、毎日午前7時から午前0時の間に投影を実施した※3。CBREとStreet Visionは今後、東京の主要な場所でWPMを展開していく予定。
※3 2023年5月時点での投影時間は、毎日午後5時から午前0時
東京・南青山「MA5」でのライブ例
当サービスに関するお問い合わせ先
アドバイザリー&トランザクションサービス∣リテール
アソシエイトディレクター 原田 悠士
yushi.harada@cbre.co.jp
2-3.サービス型店舗や体験型店舗
3つ目は、日本ではまだ導入ケースがあまりないものの、ニューヨークやロンドンなどではみられている空室区画の使い方となる。1つは、ニューヨークで多くみられているメドテイル(medtail)と呼ばれる医療系サービス店舗である。これは、空室期間の収入減を補う施策にとどまらず、常設店舗にもなり得る新たなリテールプレイヤーと言える。
メドテイルは、コロナ下によって人々の健康への関心が高まったことを背景に、銀行跡などの路面区画に出店がみられるようになった。相場賃料が下がったことも、メドテイルの出店を後押しした。面積は、軽度の病気の診察であれば50坪程度から、理学療法士によるトレーニング施設併設であれば200坪を超えるものもある。こうした医療系サービス店舗が路面区画に出店する理由として、人々が物理的にも心理的にもアクセスしやすいことなどが挙げられる。実際の出店には至らなかったが、銀座でも未病治療をおこなう医療系サービス店舗の出店ニーズがみられていた。今後、対面診断の新たな形として、日本での展開が広がることが予想される。
もう1つは、ロンドンで多くみられているエンターテインメントの体験型店舗である。拡張現実(AR:Augmented Reality)を使った体験型施設で、没入感が高く注目が集まっている。ARを使った施設は、日本でもみられるようになっている。しかし、主要なリテールエリアの路面店舗でのケースは、未だ少ない。ロンドンのケースは、ARで作った熱帯雨林や砂漠などの自然環境を通じた、5G(第5世代移動通信システム)体験を目的としている。高速・大容量の5Gによって通信速度が飛躍的に向上し、超高解像度かつ大容量の動画が楽しめるようになった。その技術を使って、没入感の高い体験空間を創り出している。メディア主催の期間限定イベントで、ロンドンのハイストリートの中でも好立地にあり、賃料水準も相対的に高い。ただし建築基準法や消防法上の用途制限については、充分な確認が必要となることを留意して欲しい。
テクノロジーの進化に伴い、こうした技術力を紹介する体験型店舗が、日本の主要エリアの路面区画に出店する可能性はありそうだ。