総合商社の機能とノウハウをハイブリット化し、「業種・業態特化型」の物流ファンドを実現
伊藤忠商事株式会社
金融・不動産・保険・物流カンパニー
MB・物流ファンド事業推進室 室長 鈴木 隆
物流部門と建設・不動産部門の人材・ノウハウを有機的に結集
物流施設は、オフィスビル、賃貸住宅、商業施設に続く不動産証券化事業の柱として期待されている分野であることは、昨今のマーケット動向からも顕著に読み取れる傾向ではありますが、総合商社である伊藤忠商事としましても、ディビジョンカンパニーの一つである「金融・不動産・保険・物流カンパニー」にて保有する機能とノウハウをハイブリッド化することで、十二分に威力を発揮できる事業と位置付けています。現在10社余りの事業者が物流ファンド事業に取り組んでいるかと思いますが、私どもの物流ファンドは、物流のビジネスモデルを把握できる業種・業態に対象を絞り、物件を厳選して商品力で勝負する「業種・業態特化型」戦略で他社のファンドとの差別化を図っています。
私どもの強みは次のような点が挙げられます。
第1に、海外不動産投資を通じ、早くから不動産証券化の仕組みに精通していたこと。国内でも1990年代後半からオフィスビルや賃貸住宅、商業施設の証券化を手掛けており、とりわけ複雑なスキーム構築を要する開発型証券化についても他社に先駆けて取り組んできました。物流ファンド事業にも、こうしたノウハウの全てを活かすことができます。
第2に、もともと総合商社の生命線といわれてきた「商流」と「物流」には強い「絆」がありますので、総合商社としての経済活動を積極的に推進した結果として、必然的に物流業界や物流市場にも影響力を持つことになります。ちなみに、私ども伊藤忠グループは、30万坪以上の物流施設を継続的に利用しており、年間に支払う物流費は3000億円に達します。様々な荷主・物流業者とも広く継続した取引関係があり、各業界の動向を、タイムリーに入手できる立場にいるといえます。
第3は、物流施設のオペレーション能力と開発力です。私ども伊藤忠商事の物流部門は、1990年代後半から3PL事業者として伊藤忠グループ内外からの業務受託を積極展開しており、総合商社として随一の実績を誇っております。とりわけ、医薬品及び消費財(食品・日用品・衣料)分野においては、最先端のシステムを導入し、高い評価を得ております。ここ数年だけでも、3PL業務やコンサルタント業務を通じ、延床面積で約3万坪の物流施設のオペレーションに関わってきました。一方、建設・不動産部門におきましても、10万坪余りの物流施設を開発してきた実績があります。こうした経験を持つ物流部門と建設・不動産部門が有機的に機能を結集することで、他の金融プレイヤー主導型のファンドとは異なる強みを発揮できると考えております。
物流施設のファンド事業は、まさに、私どもが取り組むべくして取り組んだ分野であるのです。
業界分析&開発&オペレーション3つのポイントで差別化する
一口に「物流業界」といっても、まずは様々な取扱商品毎に分類され、更にそれぞれの取扱商品毎に多種多様なプレイヤーによって機能分化されております。もちろん、物流システムや関係者の取引形態も複雑で、テナントの業種・業態一つをとっても、メーカー、卸、小売業、物流会社など千差万別です。
また、物流施設の需要動向(新設・統廃合など)に関する情報は、各社の戦略上の機密事項として公開されない傾向にあります。その点でも、「物流業界」は不動産証券化対象として、他の業界との比較においても極めて分かりにくい市場であるといえるでしょう。
しかし、私どもは前述したように物流業界の動向に精通していますから、業種・業態や取扱商品にこだわった特色あるファンドを組成することができます。
また、不動産証券化事業は金融機能と不動産開発・オペレーション機能とのセッティングがポイントとなりますが、昨今、証券化のストラクチャー構築自体はさほど特殊なものではなくなってきており、今後は不動産の開発能力に加えて、その不動産に関わるオペレーション能力の勝負になるものと思われます。私どもでは物流施設の証券化事業を推進する上で、自らを「軸足はあくまで建設・不動産のフィールドに置き、その中で金融のフィールドに最も近いプレイヤー」と位置付けており、これまで培った開発&オペレーションノウハウの発揮に重点をおいています。こうしたスタンスが、他のファンドとの大きな違いであり、強みになっていると判断しています。
一例を挙げれば、わが国には借地借家法を始めとして、開発・建築・倉庫運営等に特有の法規制がある上に、様々な商慣習もあり、これに則った開発やオペレーションを行う必要があります。これらの中には、欧米の不動産証券化手法をそのまま流用できない部分も多く、この点も私どもの不動産開発実績や運営ノウハウが活かされる部分ではないかと考えております。
2005年度中に300億円規模へ
私どもは、2004年4月に物流ファンド事業を立ち上げ、同年9月に第1号物流ファンドを組成しました。現在までに、神奈川県下をカバーする生鮮食品の物流センターと、関西圏をカバーする生鮮食品の大型物流センター、建築資材の物流センターを取得(開発中を含む)しています。
ファンドの資産規模は現在100億円程度ですが、2005年度中には300億円規模に、遅くとも2006年度中には500億円以上の規模に拡大する予定です。業種・業態を絞り込んだ上で、一定以上の規模に達すれば、ファンドとしてのバリューも高まり、J-REITへの上場やリファイナンスなど、出口戦略の選択肢も広がると考えています。
ファンドに組み入れる物件は、既存型、開発型にこだわりません。私どもが精通する業種・業態を中心に、クライアント企業が希望する施設や運営手法をBTS(Build to suit)型で提供し、長期賃貸借契約により安定したキャッシュ・フローを確保できる物件を厳選して取得していきます。加えて、これまでの私どもの実績・ノウハウに基づいた「VALUE-UP型案件」にも取り組んでいく予定です。
こうした物流施設の需要・供給情報は、主に当社の全部門・グループ企業、取引先、あるいは信託銀行などを通じ継続して多数寄せられています。情報入手ルートの多彩さと確かさも、私どもの強みであり、当初計画より早く、目標規模に達する可能性も高いと考えています。
ただし、物流施設はまさしく「プロユース型不動産」の典型であり、物流施設そのものの定義や市場規模、賃料相場などのデータも未整備なため、機関投資家やレンダーの理解を得るには十分なリサーチによるデータ整備と理論構築が不可欠となっています。特に「業種・業態特化型」という伊藤忠商事独自の戦略については、事業関係者の理解を得るために、十分な時間を割いてきました。
以下、当社の物流ファンドの特徴と戦略を詳しく説明します。
精通する業種・業態に絞り込んだ特化型ファンド
第1に、物流ファンド事業に対する私どもの共通認識は「不動産である施設だけを証券化するのではなく、物流システムの一部分を証券化すること」です。ですから、ファンドに組み込む物件は、施設を知ることはもちろん、私どもが物流システムを熟知している業種で、なおかつ長期安定した需要が見込める業態に絞りました。規模や銘柄によるメリットだけを追求するのではなく、「長期的に成長戦略が描けるカテゴリーにこだわった業種・業態特化型のファンド」、これこそが最大の特徴です。
物流施設に求められる立地条件や施設の規模・設備仕様は、業種・業態によって大きく異なります。
例えば生鮮食料品の通過型チルド(低温)物流施設の場合は、生産地から消費地の小売店1件1件まで、コールドチェーンで繋ぐだけでなく、タイムリーにかつ効率良く配送できる拠点(立地)戦略が不可欠です。こうした理由から、現在のインフラ事情ではトラック輸送中心にならざるを得ず、その物理的限界からも生鮮食料品のチルド物流施設の最適立地(機能立地)は、将来的にも大きく変わらないものと推定されます。一方、例えば機械部品や衣類などの場合はトラック輸送から鉄道へシフト(モーダルシフト)する可能性を否定できません。結果、そのような取扱商品向けの物流施設における拠点(立地)戦略は、また一つ大きな判断要素が加わってしまう訳です。不動産の証券化事業では、こうしたリスクも十分検討する必要があります。長期的に安定したファンドを実現するためには、個々の業種・業態の物流システムを把握し、将来の事業環境の変化まで見極めた戦略が不可欠なのです。
私どもは保有する全てのノウハウを注ぎ込んで、こうした条件を満たす物流施設を厳選し、ファンドに組み入れていこうと考えています。
業種業態ごとの最適立地を見極める
第2に、私どもは「機能立地」という独自の視点で物件を選定しています。「機能立地」とは、それぞれの業種・業態において機能的に最も適した立地のことです。
オフィスや住宅、商業施設の場合は、誰もが理解しやすい一等地(いわゆる「絶対立地」)がありますが、物流施設の場合は、前述の生鮮食料品の通過型チルド(低温)物流施設の場合のように、業種・業態によって最適立地が異なります。ですから「それぞれの業界・業態における最適立地=機能立地」を見極めることが、物件選択の重要なポイントになります。また、そうした立地であれば、たとえそのテナントが退去しても、同業他社による補完的需要が見込まれます。
それぞれの業種・業態にとって、どこが機能的に最適な立地なのかは、業界動向に精通していなければ判断できません。その点、私どもにはデベロッパーとして、物流業界の一員として、あるいは荷主としての長年の経験と、今後も継続していくであろう「商取引関係」があります。また、様々な業界とのネットワークを通じて、市場動向や業界動向などもいち早く入手できる立場におります。
立地選定の確かさは、メーカー、卸、小売業の長年の経験や勘、ノウハウ、経営計画などに基づく決定に優るものはありません。それらの情報に加えて、私どもの開発・運営の経験やノウハウ、専門チームによるデューデリジェンスの結果を重ね合わせ、それらが一致する「機能立地」ならば、選択を誤ることはほとんどありえないといってもいいでしょう。
スペック基準を設定専属のデューデリ部隊も
第3に、長期間にわたる施設の実用性と汎用性を確保できるスペック(レイアウト計画、構造体、仕上材、天井高、床荷重、バース数、温度帯、設備等)の詳細基準を設定し、それに基づいて物件を厳選していることです。これらスペック基準も、物流施設の開発や運営コンサルを通じて培った重要なノウハウの一つであり、独自の建築マニュアルや、既存物件を選択する際のチェックリスト(ネガティブリスト)による選別手法を確立していること、これらのノウハウを完全移植した物流施設専門のデューデリ・チームを持っていることも私どもの強みです。
例えば、私どもが一定のスペック基準を満たす施設(建築)を提供し、特殊設備についてはテナントが設置する仕組みにして、建物の汎用性を高めます。既存物件では物件取得時(契約時)に資産(所有・管理)区分を明確にしておき、開発物件では、設計段階から躯体部分と設備部分を区分しやすい仕様にします。こうしたノウハウも、多くの物流施設の開発や運営を手掛けてきた経験から生まれたものです。先に述べた「VALUE-UP型案件」も、この手法を活用した取り組みです。
以上のように「業種・業態特化型ファンド」とは、物流業界のビジネスモデルを熟知した上で、そこに私どもの様々なノウハウを有機的にハイブリッド化させた差別化戦略の結晶なのです。