アジアと日本
日本はアジア諸国の一翼を担う主要国であり、そして日本企業にとっ て「アジア」は重要な市場である。生産拠点としての「アジア」、消費市場 としての「アジア」。そして、その市場へ集まるヒト、モノ、カネ、情報。その 膨大な人口とそれを背景とした経済力は、日本企業の今後の成長の成否 を握る市場であることは、論をまたない。
ヒト、モノ、カネ、そして情報の集積地。これは、アジアにおける「地域中 核拠点機能(RHQ:Regional Head Quarter)」としての香港、シンガポー ルに象徴される。上海を加え、従来から貿易港としての存在感を示してき た3都市であるが、さらにアジアのファイナンシャルセンターの位置付け を獲得しつつある。これらの都市がまさに「ハブ」となってアジアの諸都 市をつなぐ役割を担っていくのである。
低廉な労働コストはもちろん、伸長する消費を捉えるための現地生産 を目的に、中国や東南アジア諸国に進出している日本企業。さらに二国 間や多国間での貿易協定が各所で進展するに伴い、今後も多くの日本企 業が商機を求めてアジア諸都市への進出を続けるだろう。
生産拠点、消費市場としてのアジア諸国と日本の関係から見ると、生産 拠点としては、洪水の被害によって日本企業への影響が改めて浮き彫り となったタイをはじめとする東南アジア諸国、そして中国。また、消費市 場としてはこれも中国に加えて多くの国民を持つ、東南アジア、インド。こ れらの不動産市場にも注目しなければならない。
アジア主要都市の在留邦人数を見ると、上海、バンコク、シンガポー ル、香港と続く【図表1】。これは取りも直さず、日系企業の進出動向を示 していると考えることができる。生産拠点としてのタイ・バンコク。アジア のハブであるシンガポール、香港、そして上海。いずれも日本企業のアジ アビジネスの重要な拠点である。
今回のレポートでは、アジアの不動産市況について、賃貸オフィスマー ケットを例に俯瞰し、その上で、シンガポール、香港のオフィスマーケット の近況を整理した。金融セクターを中心とする多くの多国籍企業が進出 するシンガポールや香港のオフィスマーケットは、アジア不動産市場の先 行指標としてウォッチすべきであると考えている。依然巨大な「日本」と いう経済市場を代表する東京の重要性は揺るがないが、しかし、両都市 を無視してアジアマーケットは語れない。
生産拠点としてのタイ、ベトナムなどの東南アジア諸国については洪 水の影響を見極めた後に、また巨大市場である中国、インドの動向は別 の機会を得て紹介したい。
アジアの経済成長
昨年来、世界の経済成長を牽引してきたのは言うまでもなく「アジア」 である。リーマンショック後の回復の原動力となったのは、中国を中心と するアジアの成長である。
【図表2】はアジア各国の2010年の実質GDP対前年比成長率である が、シンガポールの14.5%を筆頭に、台湾の10.8%、中国の10.3%など 日本の4.0%を大幅に上回る高い成長が見られた。こうした好況感と賃 金上昇、低失業率がさらに消費拡大を生み、成長を後押しする好循環と なっている。
このような経済成長が、企業の業容拡大によるオフィス床の増床ニー ズの増加や、消費の拡大による小売店舗の進出増加など、実需をベース としたオフィス需要や商業施設需要をアジア各地で活性化させるに至っている。
アジアの賃貸オフィス市況
【図表3】はアジア全体のオフィス新規需要(Net Absorption)と空室 率の推移を示したものであるが、直近は順調に増加していることが分か る。2010年には、坪換算するとアジア全体でおよそ90万坪のオフィス稼 働床面積が増加した。「丸の内・大手町・有楽町」エリアのオフィス貸室総 面積がおよそ80万坪であることから、その拡大ぶりがうかがえる。さらに 2011年第2四半期には、30万坪もの増加と拍車がかかっている。
【図表4】は2011年第2四半期の空室率と、今後の供給予定量を棒グ ラフに示したものである。2012年までのビル供給予定面積が、当該都市 の貸室総面積に占める割合を表しているのだが、言い換えると建築中の オフィスビルが、仮に入居率0%で竣工した場合、どの程度空室率を押し 上げるのか、を示していることになる。これによると、成長著しいベトナム のハノイとインドの都市で、市場規模に対する新規供給の比率が高く なっている。
しかし、後述するようにインドの諸都市では賃料水準は今後も上昇す るとの見通しであり、現地の見方は楽観的である。需要の増加に供給が 追いついていないのか、あるいはオーバーサプライなのかは今後の経 済成長にかかっていると言える。
アジア各都市の一様でない不動産市況を浮き彫りにするのは、賃料の 見通しである。【図表5】は2011年第2四半期のオフィス賃料サイクルで ある。これからさらにピークに向かいつつある、クアラルンプール、シンガ ポール、香港。底を脱したインドの諸都市と台北、さらに上昇が見込まれ る北京、上海、広州の中国諸都市。その一方で、底打ちまで今一歩である 東京、ソウルなど都市別市況は異なるが、サイクル右半分の上昇局面に ある都市が多いのもアジアの特徴である。アジアの中核都市となったシ ンガポール、香港がピークに近づいている半面、巨大な消費市場を持つ インド、中国諸都市の今後のさらなる上昇を見通しているのが興味深い。
アジア各都市で賃貸オフィスの市況は一様ではない。しかし総じて、今 後に明るい見通しを持っている市場が多く見られる。
次に、ピークに近づいているマーケットであり、そしてアジア市況の先 行指標とも言える香港とシンガポールについて詳しく見てみたい。