シービーアールイー株式会社
アドバイザリー&トランザクションサービス ワークプレイスストラテジー・ノースアジア
シニアディレクター金子 千夏
ワークスタイル変革を可能にするツールの進化と人重視の考え方
例えば「フリーアドレス」という考え方が10年ほど前に登場するなど、ワークスタイル変革の動きは以前からありましたが、これまで必ずしも成功してきたわけではありません。ですが、最近になってようやく、ワークスタイル改革を実現できる様々な環境が整ってきたと感じています。
これまでワークスタイル変革が成功してこなかったのは、オフィス環境が「人重視」ではなく、「ツール重視」でつくられてきたことが理由の1つです。1950年代からのオフィスデザインの歴史を振り返ると、オフィス環境は私たちが使うツールに合わせて進化してきました。最初はタイプライターを置くためのものだったデスクが、デスクトップPCの登場とともにL字型に進化し、その角の部分に機器を置くようになりました。1990年頃からラップトップPCが使われるようになると、データをサーバー上に保存し、デスクに縛られずに働けるという意味の「バーチャルオフィス」という言葉が生まれました。そして2000年代に入りモバイルツールが導入されると、今度は「アジャイル・ワーク」という概念が登場します。「アジャイル」とはIT分野でよく使われる言葉で、アプリやシステムを開発途中の段階から世に出し、ユーザーが使いながら改善していくことを「アジャイル開発」と呼びます。同じように、組織も人もビジネスの変化に合わせて、柔軟にスピーディに変えていこうとするのが「アジャイル・ワーク」です。ここに来てようやく、従来のツール重視から人重視へとオフィスづくりの考え方がシフトしてきました。オフィス環境として、ワークスタイル変革の実現が可能になってきたというわけです。当然その背景には、モバイルツールやテレビ会議、イントラネットなど、多様な働き方を可能にするツールの進化が不可欠でした。また、以前は使用面積の縮小による費用削減を目的にワークスタイル変革に取り組む企業が多く、働く人にとっては使いづらいオフィスになっていたのも事実です。最近は「多様な人材の維持や確保」「イノベーションの創出」「コミュニケーションの活性化」を目的に掲げる企業が増えており、この点でも、働く人のことを考えたワークスタイル変革が実現されるようになってきたと言えます。
働き方改革に求められる3つの取り組み「制度」「ツール」「風土」
働き方改革と言えば、以前は競争力をさらに高めたい企業にとって、「できたらいいね」という希望レベルでの取り組みでした。しかし、少子高齢化の進行や労働人口の減少などの影響で、“企業戦士”と呼ばれた若手男性社員だけでは企業の競争力を維持・強化することが難しくなりました。そこで政府は、多様な人材が活躍できる社会を目指して働き方改革を始めたわけです。企業にとっても働き方改革は、確実に「やらねばならない」取り組みへと変貌しています。
働き方改革における重要な取り組みは、3つあると思います。1つ目は「制度」。これは、まさに政府や行政が音頭を取って進めている領域です。在宅勤務やフレックスワーク、ダイバーシティ、評価制度、承認プロセスの電子化などについて、制度面での整備が求められています。
2つ目は、先ほども話に出た「ツール」です。私たちが現在使用しているツールをアップグレードしていかなければ、前述の制度を実現することも難しいでしょう。例えば在宅勤務を推進するには、ラップトップなどのモバイルツールが不可欠です。また、テレビ会議やビデオ会議の導入によって出張を削減したり、顧客情報をデータ化することで、社内で顧客情報を共有することができるようになります。こうしたツールは、働き方改革を進めるうえで非常に重要な要素です。
今、働き方改革で言及されているのは、主にこの2つです。これらに取り組むことで個人の働き方の選択肢は増えますが、かといって、これだけで個人のモチベーションが高まり、組織が活性化され、イノベーションが生まれるというわけではありません。制度とツールはあくまで基本の取り組みであり、新しい働き方を根付かせていくのは、会社の「風土」です。これが3つ目の要素です。
「風土」とは、その会社らしさであり、その会社で働くことで日々体感できるカルチャーです。例えば「新しいアイデアを受け入れるオープンな風土」や、「遠慮のない議論によってイノベーションを起こす活気あふれる風土」といったものです。ただ、これらの風土は可視化するのが難しく、風土を体感できるような環境をつくるのは容易ではありません。だからこそ、「働く場所」を整えることで、風土を可視化することが可能だと私たちは考えます。
経営者の方々には、ぜひオフィスをマネジメントツールの1つとして考えていただきたいのです。「社員にこういうふうに働いてほしい」という思いを、言葉で伝えるだけでなく、働く場所として具現化するのです。経営ビジョンを反映したオフィスをつくることで、経営側の意思が社員に伝わり、経営ビジョンを達成するための働き方へと、変化していくはずです。
多様な働き方を受け入れモチベーションを高めるオフィスとは
では、具体的に働き方が変わるオフィスとはどういうものなのか。ここからは働き方改革とオフィス構築との関係性を、首相官邸の「働き方改革実現会議」で検討されている9項目に沿って、それぞれ考えてみたいと思います。
まず、同会議が掲げる「同一労働同一賃金など、非正規雇用の処遇改善」ですが、非正規雇用の処遇改善の狙いは、パートやアルバイト、派遣、契約社員といった多様な働き方をする人たちのモチベーションを高め、生産性向上につなげることにあります。ところが実際には、働く人たちのやる気を損なうようなオフィス環境が目につきます。例えば正社員と派遣社員、本社社員と関連会社社員のように、雇用形態や所属の違う従業員をゾーン分けしたり、壁で区切ったりしています。それだけでなく、両者のデスクの大きさまで変えるなど、格差を生んでいるケースも少なくありません。こうした“身分”によるゾーニングを行う理由には、オフィスにかけられるコストの問題が大きいのかもしれません。本社と関連会社が連携して業務を行う機会が多いにもかかわらず、関連会社はオフィスに多額なコストをかけられないため、本社と同じレベルのオフィス環境を整えることができないというわけです。あるいは、社内情報のセキュリティ管理を理由に、エリアの区別を行うケースもあります。特にペーパーレス化が遅れている企業では、人と人の間に壁を設けて、情報を守ろうとする傾向があります。しかし、本来区別すべきは取り扱う「情報」であって、「人」ではありません。情報のセキュリティ管理は、ICTを活用することでサーバーへのアクセス権などで対応するのが、より良いやり方ではないでしょうか。
多様な働き方を受け入れ、働く人たちのモチベーションを高めるには、雇用形態や所属にかかわらず執務エリアを共有化することが第一歩です。それが難しい場合は、食堂やリフレッシュスペースといった共有スペースを全従業員に開放する、あるいは全従業員が参加できるイベントを定期的に開催できる場所をオフィス内に設けることも有効だと思います。
働き方改革とワークプレイス構築
働き方改革実現会議の9テーマ | ワークプレイスの理想像と手法・ポイント | |
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同一労働同一賃金など |
「パート」「アルバイト」「派遣」「契約社員」といった非正規雇用の多様な働き方を受け入れ、モチベーションを高めるワークプレイス
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賃金引き上げと |
ホワイトカラーの生産性と執務空間との関係を分析し、機能性と快適性を兼ね備え知的生産性を最大化するワークプレイス
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時間外労働の上限規制の |
既存のワークスタイルにとらわれず、
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雇用吸収力の高い産業への |
市場価値の高い優秀な人材の確保と、社員の満足度・エンゲージメント向上に寄与する、魅力的なワークプレイス
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テレワーク、副業・兼業といった |
在宅勤務、リモートワーク、サテライトオフィス、
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働き方に中立的な |
立場・性別・年代を問わずオフィス構築へ社員が積極的に関与する、
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高齢者の就業促進 |
今後、急速に進展する高齢化社会に対応した、
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病気の治療、 |
個々の事情や不慮の事故・病欠による影響を包容する、
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外国人材の受け入れの問題 |
企業のグローバル化や国際的な市場拡大に伴い重視される、
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※働き方改革実現会議とは、内閣官房のもと設置された、安倍首相を議長とする働き方改革の実現を目的とする実行計画の策定等に係る審議に資する会議。
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