働き方の多様化が加速度的に進行する現在、“オフィスのあり方”の指針は一つではなくなった。しかし、ディテールは異なっても、オフィス作りのビジョンや取り組むべきポイントについて、他の成功事例に学ぶべきものは非常に多い。新時代のオフィススタンダードとは。
文 ワークプレイス・リサーチ・センタ 代表 小田 毘古 氏
http://www.odahiko.com/
はじめに
“オフィススタンダード”といってもいろいろある。一人ひとりの面積標準を定めているもの、オフィスのさまざまな要素を環境標準化しているもの、オフィス 作りの考え方を述べているもの等多岐にわたる。ここで紹介するオフィススタンダードは、私自身が考え、実践した“小田毘古流オフィススタンダード”なの で、違和感をもつ人もいるかもしれないが、新しい方向性を示す一つの手法と認識していただきたい。
オフィス作りにもビジョンが必要
オフィスは、ただ単に「事務をやる場所」ではない。そこで働く人が積極的に仕事に取り組めるよう、モチベーションアップに配慮した環境が必要であり、また訪問客に良い印象を与え、企業の“顔”の役割を果たし、ブランディングに寄与する場所でなければならない。
企業経営にビジョンが大切なように、オフィス作りにも、まず次のようなビジョンが必要だ。
- 働く人が生きいきとし、誇りをもって生活する環境
- 健康かつ安全に働ける環境
- 企業ブランディングに貢献する環境
も ちろん、お金をかければ良いオフィスができ上がるというものでもない。アイデアと工夫によって、コストをミニマムにし、かつ長期的にはコストを 低減できるオフィス作りも可能である。それには、情報技術の活用も含めた「働き方の変革」を通じた、「オフィス革命」の提言を盛り込んでもよい。
画一的な面積基準やレイアウト基準を設定することは、オフィスの使い方を束縛し、働き方の変革の妨げになる可能性があるので、私はお勧めしない。
オフィスを通じて経営改革
私の実践したオフィススタンダードの主な項目には、次のようなものがある。
1. オフィス改革に取り組もう 基本コンセプト
誰でも、「きれいなオフィス」で仕事をしたいと思う。しかし、「きれい」とは、格好良い机や椅子を並べることではない。「働きやすく、機能的で、環 境に配慮したオフィス」がこれから求められる形だ。例えば、情報技術を利用すれば、一人ひとりに固定した机は必要としない職務もある。この場合、固定席よ り、チームワークに適したコミュニケーションしやすいオフィス環境の方が、生産性が上がることがある。さらに、人間工学的にデザインされた椅子や机を導入 し、自然の緑を効果的に配置することによって、健康にもうるおいにも配慮したオフィスができ上がる。初期投資がかさむと言われるかもしれないが、固定席を 減らすことによって、スペースは半減できる場合もある。これなら、ランニングコストの大幅減が見込まれるので、この減少分を初期投資に回すことができる。 私は、投資回収期間2年を目安に、オフィス作りにお金をかけた。
この場合、「これからの時代、働き方の変革に合わせて生産性を高 めていくためには、オフィスやワークプレイス(働く場所)を、社員のモチベーショ ン向上ツールの一つと位置付けて、変革させていかなければならない。同時に、オフィスを通じて会社のブランディングにも貢献していく」ということを経営 トップに理解してもらい、トップのメッセージとして社内に発信することが重要である。
現在の実態をまとめて標準化することが、オフィススタンダードではない。これでは現状からの進化は望めない。オフィススタンダードを作るからには、「これからの形」を検討して、オフィス改革を前提にするものでなければ意味がない。
新時代にふさわしい「働く環境」を、「知の創造・創意工夫」の観点で構築し、社員の「生産性・満足度の向上」を通じ、会社業績に貢献できる最良の職場環境を提供することを目的とする。これが、新しいオフィスのコンセプトである。
2. デザインは抵抗勢力も変える スペースの使い方
新しい時代のオフィスビジョンの例(オフィス規模別コンセプト)
100m2前後のスペースの場合 「グループ」
- ガラスを多用して、空間的な広がりに留意(リビング的発想)
300m2前後のスペース 「クラスルーム」
- 視線を100m2単位で区切る(100m2単位でのリビング的発想)
- 住宅・喫茶店的な雰囲気を演出(緑・フローリング・絵・土壁・木壁の利用)
300m2以上のスペース 「空港のラウンジ」
- オープンでリラックスできる空間を構築(ビジネスラウンジ)
- 固定席は閉ざされた空間(座席はビジネスクラス)
私は、新しいオフィス作りの取り組みを通じて、デザインの重要性を再認識した。オフィスの雰囲気をデザインによってガラリと変えることにより、人の気持ちもガラリと変わり、それまで「働き方の変革への抵抗勢力だった人」も肯定的になることを発見した。
机の並び替えや買い替えがオフィス変革ではない。オフィス空間も含めたスペースの使い方の改革が必要なのである。
「夢と希望」と「面積減」は両立できる
必要スペースを見積もるときに、皆さんはどうしているだろう。現状の一人当たりの平均値から推測していることが多いのではないだろうか。(社)日本 ファシリティマネジメント推進協会(JFMA)のベンチマーク調査データによれば、執務室、会議室・倉庫等の業務支援、医務室・更衣室等の生活支援を含め たオフィスに必要な有効面積は、一人当たり15m2とされている(2004年)。
しかし、固定席に捕われない形のオフィスが普及しているハイテク業界では12m2に縮小されており、10m2以下のオフィスも多い。企業の競争力を高めるには、面積が小さく、コストも低い方が良いのはもちろんだ。一般的に、施設コストは人件費の次に大きい経費とも言われている。この点だけから見ても、オフィス改革を進める必要性が分かる。
「どう働き方を変え、スペースの使い方を変えて、総面積を小さくしていくか」は、企業業績に貢献する一つのポイントとなる。自社の現状もさることながら、一人当たり10~12m2を基準として、総枠を決め、どう配分していくかというアプローチも大切だ。
また、会議室や受付、応接室等の機能も下表のように規模別に規定しておき、現場のわがままを防ぐ必要もある。
さらに、避難路の確保のために「メイン通路は、幅1.2m以上とし、非常口、避難口、階段口等に直線で導かれていること。サブ通路は、幅0.9m以上とし、メイン通路に導かれていること」等を定めた災害対策や、喫煙室の基準、休養室・医務室の基準等、安全や健康に配慮したスペースの考え方も明確にしておくことが大切である。
規模別設置基準表 | ||||
---|---|---|---|---|
規模(人数) | 10人未満 | 10~49人 | 50~99人 | 100~149人 |
受付・ロビー | △ | △ | 〇 | 〇 |
応接室 | × | △ | 〇 | 〇 |
会議室 | × | 〇 | 〇 | 〇 |
大会議室 | × | × | × | △ |
コミュニケーションスぺース | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
クワイエットスペース | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
リフレッシュスペース | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
倉庫・収納スペース | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
サービススペース | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
禁煙スペース | △ | △ | △ | △ |
健康相談室 | × | × | 〇 | 〇 |
休養室 | × | △ | 〇 | 〇 |
PBX・サーバールーム | △ | 〇 | 〇 | 〇 |
〇…必要 △…ケースによる ×…不要
オフィスの均一化は味気ない
最近、「ユニバーサルスタンダード」という言葉をよく耳にする。オフィス作りにも当てはまり、誰もが障害なく利用できるという意味でのバリアフリーは、トイレ・階段等の施設環境、机・椅子等の執務環境には必須である。誰もが利用できる同一環境ということから、同じレイアウトを均一的に、どのオフィスにも適用するという意味に解釈して、オフィスの同一化を図ろうとする考えにはくみしない。仕事の内容、働き方のちがい、地域性のちがい等、オフィスの使い方はさまざまだ。机の形にしろ、レイアウトにしろ、それぞれのちがいに応じて、バラエティに富んだものにする方が楽しいし、夢がある。
私は、デスクの表面積160cm×80cmを基準とし、このくらいが確保されれば、そのオフィスに最適な机を選び、○でも△の形でもよいと割り切った。実際、オフィスによって表面積もかなりバラついたが、社員からは特にクレームは出なかった。このような方法では、「コストが高くなる」と反論する人もいるだろう。確かに、一時的な投資額は若干かさむかもしれないが、これもスペース削減効果で長期的には吸収できる。日本のオフィス作りは、もっと夢と希望のもてるものに知恵を注ぐ必要がある。
3. オフィス環境はEHS&Sがベースに エンジニアリング標準
オフィスのエンジニアリング標準とは、「施設の設備基準」と言い換えてもよいかもしれない。オフィスで働く人々の環境を、どう維持・改善していくかの標準となる。このベースになるのが、EHS&Sの考え方である〔E:Environment -環境、H:Health-健康、S:Safety-安全、S:Security-セキュリティ〕。
例えば、オフィスの最適な室温、湿度等の標準は次のように設定する。これらは、省エネルギーの観点からも考慮される。
温度、湿度、気流のEHS設定基準
時期 | 温度 | 湿度 | 気流 |
---|---|---|---|
冬期 | 24℃±1℃ | 35~60% | 0.5m/s以下 |
夏期 | 26℃±1℃ | 40~60% | 0.5m/s以下 |
照明の設定基準…明るすぎる日本のオフィス
- エルゴノミクスガイドライン※に従い、机上面の照度は500ルクス、CRT画面の照度は300ルクスとする。照度不足の場合はタスクライトを追加する。
- ただし、細かい作業(研究開発、修理等)は700ルクス以上必要であり、タスクライト等で対応する。
- 照明器具は、埋め込み型で、ルーバー取り付けが可能なこと。
※エルゴノミクスガイドライン:人間工学的な環境基準
照明が明るすぎると、目に悪影響を及ぼす。特に、PC作業のようにCRT画面で長時間の作業を行う場合は、照度が低く、かつ間接照明が健康によいと言われている。日本のオフィスビル照明は700~1000ルクスを標準にしている所が圧倒的だが、これは目の保護という点から見て明るすぎるのだ。エルゴノミクス的視点が、これからのオフィスビル仕様には重要となる。
この他、オフィスエンジニアリング標準に盛り込む項目には次のようなものが挙げられる。
- セキュリティ(保安装置)設置基準
- 消防機器設置基準
- 耐震対策
- 喫煙施設対応
- ハンディキャップ対応
- 工事安全基準
4. エルゴノミクスで考える家具 家具・設備基準
オフィスで使われる机、椅子、キャビネット等は、エルゴノミクス基準に合うものを選ぶことは当然であるが、それと同時に、働き方の多様化に伴い、そ のワーク環境に最適な家具を選ぶことも必要である。デスクは○○社のこの型、椅子は△△社と膠着的に決めるのは感心しない。エルゴノミクスの観点から一例 を挙げると、「机は高さが調節可能なものがよい。椅子の高さを調節して作業するのは、安定性に欠け望ましくない」とされている。しかし、上下に自由に高さ を変えられる机は、日本では稀だ。オフィス設備の面でも、家具の面でも、エルゴノミクスに関心を払うことが、これからの日本のオフィス作りの課題である。
また、オフィスの雰囲気を向上させるには、植物を配置するグリーン基準、心を落ち着かせる絵画等のアート、壁・パーティションのカラー等にも、それぞれのスタンダードが欲しい。下記はアート基準の一例である。
アート
- アートは抽象画とし、暖かみ(Healing ART)のある本物を基準とする。
- 価格は、1品で10万円、2~3品で25~30万円を基準とする。
5. 評価の目的で変えるPOE オフィス作りの評価システム
オフィスが完成し、その快適性、使い勝手等をユーザーに評価してもらうことは、オフィス作りにかかわる者にとって欠かせない締め括り、かつ次につなげる重要なプロセスであり、オフィススタンダードに明記する必要がある。通常「顧客満足調査」や「POE(Post Occupancy Evaluation:入居後評価)」と呼ばれる。
ただし、「働き方の変革」を求めて、固定席を廃止するような大胆なオフィス改革を実施した場合、その後のPOEは要注意である。やり方によっては、席を取り上げられたという不満が噴出する可能性があるからだ。変更前に「説明し納得してもらった」と思っていても、意識の底ではくすぶっていることが多い。
そのような時には、「改革の目的」を改めて明示したうえで、新しいシステムを元に戻す意思のないことをはっきりさせる。そして、「デスクの使い方や仕組みの変更が、仕事の生産性を阻害しているか」「阻害している大きな要因は何か」「それをどう改善したらよいか」等、単に満足・不満足を聞くのではなく、不備な面をどう改良していくべきか、前向きな回答を求めるアンケートを行うことが望ましい。私の経験では、デスクの使い方より、情報機器の使い方の不慣れや、働く習慣が変わらないこと(夕方みんな帰ってきたがる)による席不足に不満が集中していた。これらのほとんどは、時間が解決してくれる事柄であった。
オフィス評価のタイミングは
- 変更の初期不良が収まった3ヵ月後
- 毎年1回の定例満足度調査
の2回が望ましい。当然のことながら、1と2の内容は異なり、(1)は「不備改良」に、(2)は「満足度」に力点を置いている。