その土地に合った圧倒的コンテンツを創造し、眠る不動産の価値向上と集客に挑む、ベンチャー企業のホテル開発戦略。
2023年8月、「プールクラブ」をテーマとした唯一無二のホテル「ボタニカルプールクラブ」が千葉県内房エリアにオープン。このホテルを開発・運営するのが、2021年創業のベンチャー企業・VALMである。それにしてもなぜ、内房の山の上にプールクラブなのか。リノベ物件と非観光地に注目するベンチャー企業ならではの戦略を掲げ、地方への投資と集客に挑む同社代表取締役の北原氏に話を聞いた。
株式会社VALM
代表取締役
北原 耕太郎氏
感情に触れる場所には人が集う、南アフリカでの光景がホテル開発の原点
VALMは2021年4月創業の会社で、不動産に関するコンサルタント業務やホテル経営などを行っています。前職で勤めていた不動産会社では、不動産の仕入れから投資向けアパート開発、ホテル開発まで幅広い業務に携わりました。前職でも自分たちのつくりたいホテルを開発してきましたが、「より大胆でコンセプチュアルなホテルをつくりたい。そのためには、自分たちでリスクと責任を背負い、ダイレクトにお客様に届けることが必要。さらにはそれによる達成感を生き甲斐とし、ホテルを通じた社会へのシーン提供により、より多くの人々のライフスタイルに貢献したい」と思い独立を決めました。
子どもの頃から、街づくりに興味がありました。ですが、都市開発のような巨大開発に携わるには時間がかかる。前職でホテル開発および運営責任者になり、不特定多数の人が訪れて様々なシーンで利用するホテルこそが、街づくりの大きなトリガーになるのではないかと思うように。そう感じた原体験は、学生時代の南アフリカ旅行にありました。広大な茶色い田舎の景色の真ん中に、蛍光黄色に塗られたカフェがポツンとあって、1杯5円のコーヒーを求めて地元の人たちがどこからともなく集ってくる。その建物はデザインがオシャレなわけでもないけれど、その土地の風合いに妙に合っていて、場のエネルギーを感じました。その体験から、「人の感情に触れるアイコニックなデザインと世界観、そしてどことなく発するエネルギーに惹かれ、人はその場所にやってくる。そんなホテル開発を通じて街づくりをしたい」と思うようになったのです。
リノベ物件と非観光地に着目、これがベンチャー企業の戦い方
2023年8月、起業後第一号のホテルとなる「ボタニカルプールクラブ」を内房総エリア(千葉県鋸南町)にオープンしました。「プールクラブ」をテーマに、プールに振り切ったホテルです。コロナ禍のホテル開業は大変だと思うかもしれませんが、当時は不動産流通市場が不安定なためホテル案件の投資へマーケットは躊躇しており、私たちにとっては逆にチャンスでした。
私たちがまず実行した戦略は、いわゆる観光地ではない「競合他社の少ないエリア」で、「リノベーション物件」に絞ること。これが、資金力も知名度もないベンチャー企業の戦い方だと考えました。リノベーション物件は、企画から開業までスピード感を持って進められ、短期間で収益化が見込めることから、事業パートナーとなる投資家にもメリットがあります。東京から車でアクセスできる内房エリアで、サンセットが見える場所に絞って物件を探したところ、見つけたのが大学のセミナーハウスだった建物でした。久米設計と清水建設によって設計・施工されており、建物の安全性・堅牢性も決め手の一つ。毎週末、千葉にサーフィンをしに出かける行き帰りに、ひたすら足を使って探しました。現地の看板を頼りに歩いたり、現地の人に聞いたり。今回の物件もそのように情報をたどりました。元々不動産畑でもあるので非効率的とはわかっていますが、探しながらもエリアの特徴についても勉強できます。
不動産の潜在的な魅力をホテルで表現、未経験者の視点でオリジナリティを生む
私たちは「~なホテルをつくりたい」と、つくることが目的ではなく、「同一ブランド」による効率性を重視してのホテルづくりは原則しません。まっさらな状態でその場所に立ち、「ここに何があればゲストが訪れたいと思う魅力的な場所になるか」だけを考えます。その土地の歴史や、地形、景色、そこで感じる空気感など、土地にひもづく魅力が必ずあると思っています。今回のケースはそれがプールでした。この場にプールと広大なプールサイド、そしてアイコニックな植物に囲まれながらドリンク片手に時間を忘れる。そのシーンはこの場が持つポテンシャルを最大限に引き出せる。そして純粋に自分たちも行ってみたいと思える。圧倒的なコンテンツに徹底して特化することで、私たちのような知名度のない会社でも、観光需要の低いエリアでも集客できると考えています。
一方で、「プール=冷たい」というイメージが根強く、冬場の集客が難しいのも事実です。私たちのプールは冬季に「HOT POOL」というコンテンツをリリースしています。冬場はプール温度が40度前後と温かく、プールサイドにはパラソル ヒーターを設置。真冬にプールやサウナで温まり、パラソルヒーターの下で温かいバスローブを羽織ってホットワインを楽しむ人や、星空の下でディナーを楽しむ。そんなシーン訴求を今後積極的にしていき、時間をかけてニーズの顕在化をしていきます。
オープンにあたって苦戦したのは人材採用です。そもそもホテル計画地付近では、求職者のボリュームが少なく、私たちのホテルの特異性も高い。ターゲットを絞ってポスティングやSNS広告を中心に採用活動を行いました。オープン当初は人手が足りず、私も皿洗いを手伝って(笑)、何とか乗り越えたほどです。実は、採用したメンバーの4割は、このホテルで働くために東京から移住してきた人たちです。また、責任者にはホテル未経験者(コンテンポラリースーツブランドのストアマネジャー)を採用しました。というのも、プールクラブという新しいテーマのホテルを想像する上で、業界の常識や既成概念に縛られないアイデアや視点が必要だと考えたからです。当然、未経験者ゆえの苦労も多くありますが、異業種で培った顧客目線を存分に発揮してくれています。未経験者をリーダーとするこの運営チームこそ、オリジナルな自分たちらしさをつくり上げ、将来のVALMを支えていってくれると期待しています。
2030年までに10棟開業が目標、不動産価値の顕在化で観光業振興に貢献
オペレーショナルアセットは一般的にはボラティリティが高く、時流により敬遠されることもあります。しかし、社会へ直接的に貢献できるという企業としての目的と、オペレーター次第で投資家にとっても高いリターンを享受することができ、合理的です。私たちは2025年に鎌倉で開業を控えるほか、2030年までに10棟の開業を目標に掲げ、これからも、その土地に合ったユニークなホテルをつくっていきます。そして、私たちが今後も注目していきたいのは「地方」や「1.5~2等地」です。日本にはまだ知られていない場所や価値の眠る不動産が多くあります。立地や現況としての価値は低くても、クリエイティブと運営次第で魅力的な場所にアップデートし、人を呼び込むことができる。そんな役目を私たちが担い、地方や眠っていた不動産価値の向上、さらには国内の観光産業に貢献したいと考えています。
回復が見込まれるインバウンドに関しては、インバウンド客を増やすために特別なことはしていません。国内客、海外客を問わず、シンプルに「行きたい」と思ってもらえるホテルであること、そして、インバウンド客にホテルの存在を知ってもらうことが問題の本質だと考えています。