ここまで見てきた通り、オフィスマーケットは、東京ではビルオーナーにとって厳しい状況になりつつある一方、地方ではテナントが難しい状況に置かれている。こうした中、働きやすさや生産性向上のために、それぞれの立場で何を考え、実行すべきなのだろうか。
― これまでの話を踏まえ、今後のオフィス事情はどのようになっていくのでしょう。
大久保●これまでは、オフィスマーケットの予測は、大雑把に言えば、新規供給量と経済予想をつき合わせれば、ある程度の確度で市場の需給バランスを推測できたと言えます。しかし、今日では、テクノロジーの導入など働き方そのものを変えるファクターが増えてきているため、予測はより難しくなるでしょう。一つ言えるのは、これからの数年で、テクノロジーの進化がリアルに不動産市場にもインパクトを及ぼすようになるということ。例えば2016年までは一般的とは言い難かった「AI」という単語が、昨年は連日のように新聞紙上を賑わせるようになりました。このこと一つ取ってもテクノロジーの浸透が加速していることを示しています。テクノロジーの発展を契機とするオフィスマーケットの変化も、一般に考えられている以上に早く進む可能性が高いのです。
― 具体的に、どのような変化が起きるのでしょうか。
大久保●これまでのオフィス移転は、最初に立地やビルのグレードを決め、最後に従業員が必要とするテクノロジーをオフィスに導入するという流れが一般的だったかと思います。しかし今後は、最初にビジネスの拡大を促すテクノロジーありきで、それが使用できる場や使いこなせる人材、その構築や育成・採用が重視されるようになるでしょう。例えば、機械的な業務の多くは、文字通り機械が担うようになるでしょう。そのような中で人間は、より創造性を発揮したり、的確な意思決定を下すことがますます求められるようになります。そうした人材を育成したり、そうした働き方をサポート・促進したりするワークプレイスを考え、作り出す必要があるのです。
― そういう観点からすると、現在のオフィス環境には不満が多いということですね。
大久保●以前に、次代のビジネスの担い手であるミレニアル世代を対象に調査を行ったのですが、それによると、オフィスの満足度は米国で80%超、インドでは約90%、アジア全体では60%以上のワーカーが「現在のオフィスに満足」と回答していました。これに対して日本では約40%と、極めて低い結果となっています。これだけ新しい大型ビル・ハイグレードビルが供給されているにもかかわらず満足度が低いということは、ワーカーはビルのクオリティだけでは満足しないことを示していると思います。また、「より良いオフィス環境で働けるなら“何か”を犠牲にしても構わない」という問いに対して、65%がYESと回答したほか、オフィスのワークプレイスについて、レイアウトや労働環境を重視していることも示されています。これらを形にして提供することが、人材の確保につながると同時に、生産性の向上に寄与することになると考えられます。
― テクノロジーと絡めて、どのようなオフィスの姿が考えられるでしょう。
大久保●鍵になるのは“ラテラル”、つまり、水平思考や水平的なネットワークです。AIにない人間の価値とは、縦方向のロジックを超えた発想やつながりを構築することではないでしょうか。そうした自由な発想やネットワークの構築を可能にする一つの例がABW(アクティビティベース型ワークプレイス)です。よりモビリティが高く、自由度の高いオフィスの実現。あるいは在宅のテレワークや、居住地に近いサテライトオフィスといった形もあります。テクノロジーを活用することで、常に同じ場所に集まる必要はなくなり、サテライトオフィスが増えれば、子育て中の女性やシニア層も働きやすくなるでしょう。そう考えると、今後も総量としてのオフィス需要はさほど減少しないとしても、需要の分散傾向は顕著になるかもしれません。また、水平的なネットワークという点で注目されるのがコワーキングスペースです。様々な会社や業界の人間が集まって、同じ空間を共有しながら横断的なネットワークを通じて働くことで、思いもよらなかった回答が得られる可能性は飛躍的に高まるでしょう。コワーキングスペースは、日本ではスタートアップの企業や個人ユースのワークプレイスと思われがちですが、海外では大企業や金融機関なども積極的に活用しており、メインユーザーになりつつあります。国内マーケットでも、意外と早く浸透するかもしれません。
― オフィスビルのデベロッパーが、テナント誘致の競争力を高めるためにできることはあるでしょうか。
大久保●従来のようにビルの躯体やスペースだけでなく、スマートビルのようなテクノロジーが進化したビルを提供することがますます重要になってくるでしょう。確かに、新たなテクノロジーは同時に陳腐化の危険性を併せ持っており、ニーズを先取ってビルを開発することはリスクを伴います。しかし、モビリティを可能にする基礎的な設備などは当初から導入しつつ、テナントのニーズに合わせて柔軟に対応できるような仕様は十分に考え得るのではないでしょうか。そうした取り組みの一環として、コワーキングスペースを導入する事例も見られ始めています。サービスプロバイダーに任せるのではなく、自社ブランドを立ち上げることも大きなビジネスチャンスとなり得るでしょう。
― そうした中で、CBREの取り組みは。
大久保●現在、人材を採用しやすいロケーションはあっても、採用しやすいビルというのはまだまだ少ないのが実情です。また、先程紹介した ミレニアル世代へのアンケートでも、現状のオフィスに不満はあるものの、ではどういうワークスタイル/ワークプレイスがいいかという設問には明確な回答が見られません。経験していないもの、知識や情報がないものは、イメージできないというわけです。CBREは、法人向け不動産のプロフェッショナルとして、これまでの豊かな経験や世界各国に広がる情報網を有しています。これらを活かしながら自らが水平思考を駆使して、独自のアイデアや発想で、日本の新たなワークスタイル/ワークプレイスを提示していく責任があると考えています。また、意欲的なオフィスビルデベロッパーとの協業、先駆的なテナントとの協働作業を繰り返しながら、さらに満足度の高いオフィスのあり方を、模索していく尖兵となっていきたいと思っています。
― 本日は、ありがとうございました。