シービーアールイー株式会社
プロジェクトマネジメント
ディレクター
和気 学
シービーアールイー株式会社
プロジェクトマネジメント
プロジェクトマネジャー
針谷 直樹
自社ビルから賃貸ビルへ移転が増えるこれだけの理由
近年、自社ビルを退去して、賃貸のオフィスビルへと移転する企業が増えています。以前はバランスシートにおける資産のオフバランスを目的としたものが多かったようですが、最近ではその傾向に変化が見られます。
その一つがファシリティコストの削減です。自社ビルを保有していると固定資産税がかかるのはもちろんですが、それ以外に、維持・管理の費用がかかります。例えば外壁清掃や外構の植栽の手入れ、さらに大掛かりなところではビルの修繕計画などがあり、これらのコストと人材を自前で用意する必要があるわけです。実は、このコストは思いのほかかかります。
一方、賃貸オフィスであれば、自らの負担は専有のスペースのみの維持・管理で済みます。共有部の電球が切れていたら管理センターに電話をすればいいだけで、極めて容易。手がかからないと言えるでしょう。
特に、情報通信インフラのライフサイクルが、技術革新によりますます短くなっています。自社ビルの場合、所有ですから自由度は高く手は入れやすいものの、点検・工事を定期的に行うには多大なコストがかかるうえ、最新のITインフラを設置しようとしても、場合によってはビル側のスペックから導入できないといったケースもあり得ます。賃貸オフィスにおいても導入できるビルできないビルはあるのですが、最初からユーザーのニーズに合致した設備が整っているビルを探せばいいわけですから、コストも安く選択肢も幅広いと言えるでしょう。
逆に、コスト削減というわけではなく、年間のファシリティコストが上昇しても賃貸オフィスに移る企業もあります。その目的の大きなものとしてはブランディング力の向上が挙げられるでしょう。都内にある多くの自社本社ビルは、規模も小さく、また駅から遠いなど立地面に難がある物件がほとんどです。しかも一昔前と比較して、自社ビルということ自体に、以前ほどのプレゼンスがなくなっているようです。例えば、丸の内にあるビル群のように、歴史的価値があるビルを文化財レベルの建物として所有・保護することには大きな意味があるでしょう。しかし、販売やサービスを提供する企業にとって、建物がバリューを発揮するかというと難しいところです。加えて、賃貸物件を選択するうえで優先順位が最も高い“立地”のメリットが、自社ビルの場合には完全に固定されて得られないとなると、実ビジネスはもちろん、リクルーティングの面でも不利になるのは当然です。
一方、この数年、東京都心周辺部エリアにおいて、新たな街づくりとも言える駅近隣地域を巻き込んだ大規模な再開発が行われています。敬遠されがちな郊外の再開発の例では、新たなオフィス街が出現したにもかかわらず、土・日には家族連れやカップルで賑わっているなど、そのオフィスに進出する企業にとっては、カスタマーにアピールしやすい状況がセッティングされていると言えます。自社ビル単体では街は変えられませんが、開発に乗ったイメージアップ戦略を取ることができるのも賃貸オフィスビルの強みでしょう。
昨今の本社移転の最大の理由となるのがBCP対応です。首都圏、特に東京にある自社ビルは、すでに築数十年が経過した物件が多くなっています。つまり、新耐震基準にも適合していないビルが数多く存在するわけです。補修には限界があるため、老朽化や耐震性に対する不安から、制震などの新築ビルに移転したい、あるいは武蔵野台地のような地盤が安定しているエリアに移転したい、というニーズは東日本大震災以降、確実に増えています。
老朽化だけでなくトレンドとの乖離もあり、ビルの耐用年数は長くても50年程度ですから、企業にとって自社ビルを建て直す、あるいは賃貸ビルに移転するといった決断は、どこかのタイミングで必ず迫られることになります。そのなかで、維持し続けることが有益なのかどうか、きちんと検証することが求められる時代に入っていると言えるでしょう。
自社ビル本社ならではの驚くべき移転の作法
私どもは企業移転プロジェクトマネジメントの専門家として、本社ビル移転を決めた企業と数多く関わってきました。その中で、見落としがちな考慮すべき点として、地域の行政や自治体との調整が挙げられます。これは思いのほか重要なポイントで、某企業が移転する際には、社長自らが、これまで拠点を構えていた自治体の長に挨拶に行かれていたほどです。それまで、その自治体の大きな収入源となっていた税収がゼロになってしまうのですから、地域としては大きな痛手。もちろん、賃貸ビルからの移転でも転出は同様なのですが、自社ビルであれば、それだけ長い年月にわたってその地でビジネスを営んできたわけです。地域の住民や自治体とのつながりが深くなるのは当然でしょう。コンシューマーを対象とするBtoCビジネスはもちろんですが、地域社会への貢献として、例えば祭りの時には協賛金の提供や人手の確保まで、年間予算までとっている企業は少なくありません。
社員の方々も、その地域の住人という意識を持っている方が多いようです。長くその地で働いていることで、こうしたCSR(企業の社会的責任)の意識が企業のみならず、社員にまで染み込んでいるのでしょう。賃貸から賃貸へと移る新興企業の方々には考えられないことかもしれませんが、自社ビル本社の移転では、まずこうした気持ちの面でのしがらみを断つことから始めなければならないのです。
賃貸ビルの制約を理解することが本社移転成功の第一歩
自社ビルの最大のメリットは、その自由度の高さでしょう。必要とあらば、都度、改修工事を繰り返し、希望通りの施設にしていくことができます。ビルの外構に監視カメラを付け、警備員を立哨させて、アポイントメントのない車は駐車場に入れさせない。来客の出入りは秘書室や総務部でチェックする。館内に時報代わりのチャイムを鳴らす。VIP専用エレベータを運転させる。駐車場に運転手の待機場所を設置する。車を洗うための洗車スペースを作り、掃除道具を置く。冬用タイヤの置き場を作る。社内メール便用の郵便受けをエントランス脇に設ける、等々。専有部分と共有スペースの区別がありませんから、自社ビルならば、適法の範囲で、敷地内にどんな設備を入れようと、空いているスペースをどのように使おうと自由で、誰からも文句を言われることはありません。
しかし、賃貸オフィスビルでは(1棟借りのケースは別ですが)、これらのことはほとんどできません。ですが、長年、自社ビルで働いていた方々には、この区別がつかないことが多いのも事実なのです。私どもでは、クライアント企業の賃貸オフィスへの移転が決まった際、まず、やりたいことと同時にできることとできないことの区別を明確にし、なぜできないのかを説明することから業務が始まります。
利用できるスペースの面積とコストの関連性も同様です。賃貸であれば、借りる面積が広がれば、その分、コストが上昇するのは当然のことです。つまり金額に紐づいた物差しで必要な面積を割り出さなくてはなりません。ですから、昼食時間以外は利用されなかった社員食堂、不要になった書類が山のように積まれた倉庫、総合病院のような立派な医療スペース、社員の部活動で利用する和室など、業務に直接関連しないスペースを、どこまで削れるかも重要となってきます。
特に意識しておきたいBCPとIT構築 まずは、これまでの執務環境の確認から
BCPにも関係がある備蓄倉庫も同様です。最近では社員の2〜3日分の非常用食料や毛布、加えて地域住民への配慮から、その何倍もの食品や日用品を備える企業も少なくありません。しかし、こうした品物をストックしておく備蓄倉庫について、自社ビルでは執務部分の脇に山積みになっているためスペースとして捉えていなかったり、各部に分散されているためボリュームが把握できなかったりと、使用面積として闇に隠れてしまっていることが多々あります。そのまま移転を進めてしまうと、新オフィスで「置くところがない!」ということになりかねません。
BCPと言えば、設備面についても自社ビルから賃貸ビルへの移転では確認が必要なことが多々あります。例えば、業務を維持するための非常用発電機など、自社ビルの時は設置されていたとしても、まず、その企業にとって必要な災害時の運営レベルの確認から始まり、必要な容量を満たす発電機が置けるのか、運用はどうするのか等をしっかりと把握しておく必要があります。
ITのネットワーク構築も同様です。自社ビルならばテレビ会議用システムでもパラボラアンテナでも、建物に無理を利かせて設置することができるでしょう。しかし、賃貸では電気容量が足りない、回線が引けないといったことが起こり得ます。また、実現のためには多大なコストが必要になることも考えられます。
本社オフィスの移転時は、こうした設備を刷新するいい機会でもありますから、インフラの基本方針や基本計画をしっかり立てることが重要になります。また、フロアレイアウトや設備面以上に大切なのが、使い方(働き方)の変化です。従来の仕事の仕方で重要視しているのは何なのか? 賃貸オフィスに移ることで変えられるのか? 変えられないならどのような手段があるのか? といったオペレーションの検証が的確でなければ、オフィスだけが新しくなっても意味がありません。加えて、こうしたことにはセオリーがなく、自社内の理屈だけでは分からないことが多々あります。自社の常識が世間の非常識である事例は枚挙に暇がありません。ですから、私どもとしては、まずこれまでのオフィスの執務環境をしっかりと確認し、要望の本質を把握し、必要なファクターを徹底的に引き出しながら、最適な新本社オフィスをつくっていきます。この見極めこそがプロジェクトマネジメントの最も重要な役割だと考えています。
使用面積のフレキシビリティが賃貸オフィス最大のメリット
現在、都内にある自社ビルの多くは、敷地面積が300〜400坪の5〜6階建という規模が一般的なサイズではないでしょうか。各部門が多層階に縦割りで入居し、しかもスペースが決まっているので、人員規模が拡大すれば、必然的に周辺の賃貸オフィスビルを借り増ししなければならないのが実情です。こうした企業が、プレートの大きなビルのワンフロアに集約するだけで、部門間のコミュニケーションが格段に良くなり、業務改善につながったという声をよく耳にします。また、逆に業務の規模が縮小してビルの一部が空いても、本社ビルだけに他社には貸しにくく、結果として維持管理コストばかりがかかるといったケースもあります。
賃貸オフィスであれば、こうした企業の拡大・縮小といった変化にフレキシブルな対応が可能となります。冒頭で述べたようなファシリティコストの削減、企業ブランド力、BCP対応に加え、こうしたフットワークの軽さと、コミュニケーションアップによる業務改善も、本社移転の重要なファクターであることは間違いないところでしょう。
自社ビルと賃貸ビルのメリット・デメリット比較
自社ビル
タイプ | 自社ビル新築 | 既存ビル取得 |
---|---|---|
構築手法 | 所有地、もしくは取得した土地に自社仕様のビルを新築する。 | 必要な規模のビルを購入し、自社仕様に改修する。 |
拡張性 | 人員増への拡張には対応しづらい。 | 人員増への拡張には対応しづらい。 |
自由度 | 思い通りの仕様・利用が実現できる。 | 原設計の制約はあるが、比較的思い通りの仕様・利用が実現できる。 |
選択肢 | 案件数は比較的多く、選択肢は多い。 | 案件は少なく、ニーズに合致した物件が見つかる可能性は低い。 |
維持管理 | 管理運営について手間とコストがかかる。 | 管理運営について手間とコストがかかる。 |
BCP対応 | 非常用電源確保、耐震性能、従業員の安全確保等、いずれも対応しやすい。 | 取得ビルの性能に左右される部分はあるが、比較的対応しやすい。 |
IT環境 | 回線の選択・拡張性、電源容量、個別空調、ガス消火設備等、いずれも構築しやすい。 | 取得ビルの性能に左右される部分はあるが、比較的構築しやすい。 |
ブラン ディング |
思い通りの建物仕様が実現できるものの、高コストかつ立地は限定される。 | 思い通りの建物仕様が実現できるものの、高コストかつ立地は限定される。 |
その他 | メリット ・自社ビルとして、フルオーダーの計画が可能。 デメリット ・イニシャルコストが多大。 ・入居後もビルの維持管理費がかかる。 ・土地購入から入居まで時間がかかる 。 |
メリット ・案件次第で割安で自社ニーズに合ったオフィスをつくることができる。 デメリット ・改修工事のイニシャルコストが多大。 ・入居後もビルの維持管理費がかかる。 |
賃貸ビル
タイプ | 注文建築 | 1棟借り | フロア賃借 |
---|---|---|---|
構築手法 | 地主にビルを開発してもらい、ビルごと賃借する。 | 必要な規模のビルを、ビルごと賃借する。 | 一般的な賃貸オフィスビルのフロアを賃借する。 |
拡張性 | 長期契約を求められるケースが多く、人員増への拡張には対応しづらい。 | 同じビルでの拡張はしづらいが、移転により対応可能。 | 人員増への拡張は、館内増床や移転によりフレキシブルに対応可能。 |
自由度 | ニーズに合致した仕様・利用上の自由度については、自社ビルに近い。 | 1社使用となるため、一般的な賃貸オフィスビルより利用上の制約は少ない。 | 貸方基準や館内規則等があり、利用上の制約は多い。 |
選択肢 | 郊外型の案件に比較的多く見られる。 | 案件は少なく、ニーズに合致した規模・性能の物件が見つかる可能性は低い。 | マーケットの中で最も案件が多く、選択肢は多い。 |
維持管理 | 管理運営費等の大半を負担するケースが多い。 | 管理運営費等を負担するケースもある。 | 共益費の負担は必要であるが、手間はかからない。 |
BCP対応 | 非常用電源確保、耐震性能、従業員の安全確保等、いずれも対応しやすい。 | 入居するビルの性能による。 | 入居するビルの性能によるが、その選択によっては最先端のBCP対応が可能。 |
IT環境 | 回線の選択・拡張性、電源容量、個別空調、ガス消火設備等、いずれも構築しやすい。 | 回線の選択・拡張性は高いが、その他は入居するビルの性能に左右される。 | 入居するビルの性能によるが、その選択によっては 最先端のIT環境の構築が可能。 |
ブラン ディング |
自社ビルと同等のブランディングが可能だが、立地面の優位性確保は難しい。 | 自社ビルと同等のブランディングが可能であり、立地面の優位性も確保しやすい。 | 立地や他テナントに影響され、また、サインやエントランスのみの対応だが、立地面の優位性は確保しやすい。 |
その他 | メリット ・計画段階から自社ビルと同等の仕様を計画することができる。 デメリット ・物件を選定してから入居までに時間がかかる。 |
メリット ・ビル設備の維持管理・改修計画等はオーナーが行うため手間がかからない。 デメリット ・建物修繕費を一部負担することもある。 |
メリット ・ビル設備の維持管理・改修計画等はオーナーが行うため手間がかからない。 ・案件次第で、ワンフロアで必要面積を確保できる。 デメリット ・内装工事の制約が多い。 ・オーナーや入居テナント等、他者からの影響を受けるリスクがある。 |