商業地の発展と半導体企業の進出
福岡圏から再配置が進む
九州の物流マーケット
政令指定都市のなかで人口増加率トップになるなど、近年、その発展が目覚ましい商業の街、福岡。そして、台湾の大手半導体メーカーTSMCやソニーは、かつてのシリコンアイランド九州の中心地熊本に工場の新設を発表。この両都市の動向に加え、「物流の2024年問題」、老朽化した物流施設の建て替えや移転など、現在、九州における物流拠点の再配置が進みつつある。空室率0.0%が続いてきた福岡を中心とした九州の物流マーケットの現在とこれからについて、CBRE福岡支店でシニアコンサルタントを務める伊藤憲一が解説する。
福岡を中心とした九州における物流マーケットの現在
水源に恵まれた熊本を中心に半導体の製造工場が集まる九州一帯は、1960年代からシリコンアイランドと呼ばれていました。日本製の半導体が世界の市場を席巻していた時代を支え、その後は工場の海外移転などもありましたが、昨年には台湾の大手半導体メーカーTSMCやソニーが熊本に工場の新設を発表。再びシリコンアイランドとして期待を集めています。また、九州の一大消費地である福岡も、近年は発展が目覚ましく、国内外のスタートアップ企業がその拠点を構えるなど、日本のシリコンバレーと称されることもあるようです。
福岡は市街地の近くに空港があり、東京などに比べてアジアも非常に近いのです。加えて博多湾もあるなど、物流におけるポテンシャルは高いとされる一方、いまはそのための土地が足りていません。福岡にはもともと一級河川がなく、水を大量に扱う工場などに適した土地はありませんでした。日本の大型物流施設はそのような工場の跡地につくられることも多いのですが、福岡の場合、その土地がそもそも少ないという事情があります。また、福岡には、90年代から開発が始まった人工島の福岡アイランドシティもありますが、現在ではその価値が高まり、非常に高い価格で土地の取引が行われています。以上のことから、福岡一帯には比較的小さな倉庫は点在していますが、物流のハブとして機能するような大型物流施設の数は非常に限られていた状況が続いていました。結果として、そのように活用できる土地があれば、まずは高値で取引され、建物ができればすぐに満床になるという状況です。
空室率0.0%から上昇するも 依然として低い水準を維持
私たちが福岡一帯における大型マルチテナント型物流施設(以下、LMT)の需給バランスを調べたところ、2019年からほぼ0.0%に近いかたちで空室率が推移してきましたが、2022年の第3四半期には新規供給が4.8万坪、新規需要は4.5万坪と、四半期ベースではともに過去最大となり、空室率は0.9%に上昇、第4四半期は1.0%とわずかに上昇するも低い水準を維持することとなりました。【図2】
2024年まで続く大量供給では、小郡市や筑紫野市、古賀市など郊外に立地する物件も増えています。そのため、空室率が上昇する期はあるものの、全体として需要は堅調に推移するものと予想されます。
一方、上昇傾向にあったテナントの賃料ですが、2022年の第4四半期は、坪あたりの実質賃料は3,360円と、対前期比で0.3%下落しました。この傾向は空室不足の福岡インターチェンジ周辺のほか、九州の物流の要衝である鳥栖方面でも見られます。また、2024年も物流施設の供給は続きますが、その第4四半期の実質賃料は坪あたりで3,450円、2年で2.7%の上昇を見込んでいます。今後は郊外への供給が増えるのに従って、上昇率は若干抑えられるかと思われます。【図3】
全国的にも老朽化した倉庫が多く、特に築40年以上の物件が全体の3割を占めています。【図4-5】倉庫の老朽化は九州でも顕著で、これからは全国同様に建て替えや移転のニーズが高まってくるのではないでしょうか。40年前とは倉庫に求められるスペックも大きく変化しており、DXによる業務の効率化など、テナントである事業者のニーズに応えられることはもちろん、そこで快適に働けることも重視されます。空調を完備したり、さらにはコンビニや食堂、託児所など、幅広いサービスを充実させ、そこで働きたいと思えるような物流施設が増えてくると思います。
福岡周辺から広がりを見せる 九州エリアの物流拠点
九州全体を見れば、既存の倉庫のうち、約6割を福岡と佐賀の物件が占めています。【図6】でも福岡は、商業中心の街であり、大きな製造工場が少ないのにもかかわらず、製造品出荷額や県内総生産は全国トップ10にランクインし、働き手となる人口も多いエリアです。【図7】eコマースなど、通販型の荷物の取り扱いも増えていますし、このような背景を考えれば、今後もかなりの数の物流施設が福岡周辺に供給されると考えられます。経済規模に対するLMTの面積も、首都圏や近畿圏など、他の都市圏と比較すると、まだまだ伸びしろがあると言える状況です。【図8】
また、これまでは福岡インターチェンジ周辺や福岡空港、博多湾の3ヶ所に物流施設が集中する傾向がありましたが、その範囲が徐々に広がってきています。北は古賀インターチェンジ、南は筑紫野、さらには鳥栖インターチェンジ近くの小郡や甘木でも物流施設が増えています。これまでは点と点になっていたものが、福岡から鳥栖のあたりまで帯状になってきている印象です。【図1】その要因としては、福岡には物流施設を開発できる土地が少ないということもありますが、TSMCやソニーが熊本に工場を新設することを発表したことによるシリコンアイランドとしての期待や、「物流の2024年問題」が影響しているようにも考えられます。
2024年4月からのドライバーの時間外労働の上限規制を考えると、運送に充てられる時間は片道3〜4時間です。福岡インターチェンジからは、北は広島県広島市や三原市あたり、南は鹿児島県南九州市や志布志市、宮崎県宮崎市や日南市あたりまでが配送可能とされる範囲です。ただし、積み下ろしなどの作業もあるので、限られた労働時間をまるまる運送に充てるわけにはいきません。【図11】そのため、広島までカバーしたいなら九州の北部寄りに、山口までなら鳥栖あたり、鹿児島まで運びたいなら熊本あたりに拠点を置く必要が出てきます。半導体の工場開設により、今後は電子機器や精密機器などの取り扱いが増えることも考えられます。【図9-10】以上のようなことから、九州の広い範囲で物流拠点の再配置が進行していくのかと思われます。
盛り上がる物流市場に応えられるよう 産官学による人材の確保と育成が鍵
今後も九州では、土地の確保や交通アクセスに優位なロケーションを中心に、物流拠点が増えてくると考えられます。空室率も上昇しますが、潜在的なニーズがあるので、順調に消化されるかと思います。一方、LMTをつくるのであれば、そこで働く人材を確保する必要が生じます。現状で言えば、古賀や筑紫野周辺には福岡から働きに出ている人が多く、鳥栖や小郡には久留米からの人材が期待できます。【図13】また、シリコンアイランドの中心地である熊本まで行けば、さらにその周辺から働き手が集まることでしょう。【図12】ただし、九州全体で見れば、人口はやはり福岡に一極集中している状況です。働く場である物流施設が供給されたら、おのずと各地に働き手が増えるかといえば、限度があります。物流施設を供給する事業者も人材の確保や育成に力を入れていますが、今後はその事業者を誘致する自治体など、産官学が連携しながら取り組むべき課題かと思われます。
近年、発展が目覚ましい福岡はもちろんのこと、シリコンアイランドと呼ばれてきた九州にとって、TSMCの進出は起爆剤になり、物流マーケットも盛り上がりを見せています。空港があり、港湾があり、東南アジアも近いというこの地の利を活かしてさらなる発展をめざすには、九州全体が一体となって取り組んでいくことが重要だと考えます。