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札幌エリア研究

都市別特集

2015年5月25日

全国展開企業の多くが集積する北の大地の中心地・札幌。その魅力とは?

活況が続く札幌オフィスマーケット。本稿では、マーケットの近年の推移と企業の移転動向に加え、 札幌市への企業移転を推進する市の施策、実際に移転した企業の声、 そしてビル供給サイドの取り組みなど、札幌経済振興の鍵となる具体的事例をご紹介する。

札幌中心エリア
大通り公園エリア
札幌駅北側エリア

札幌市のデータ●順位は全国政令指定都市の順位

  2009年比
1人口【2015年1月】 全国5位 1,943,723人 +1.8%
2企業数【2012年】 全国5位 74,335社 -6.4%
3従業員数【2012年】 全国5位 831,700人 −4.6%
4大企業数【2012年、従業員300人以上】 194社 −1.5%
5市内総生産【2011年度】 6兆3,864億円 +0.9%
6 公示地価(商業地平均)【2014年】 176,100円/㎡ −18.4%
7観光客数【2013年度】 1,355.9万人 +4.2%
うち、外国人の宿泊者数 1,054,727人 2.1倍

出典:1札幌市「人口統計」 2・3・4・5総務省統計局「経済センサス」 6北海道庁「北海道地価調査書」 7札幌市「観光統計データ」

札幌 街づくりの歩み

明治期 ~碁盤の目に整備された計画都市

札幌の街づくりの歴史は、明治2(1869)年、開拓使が設置されたことに始まる。札幌本府の建設を命じられた島判官は、京都の街づくりを参考に構想を練り、現在の南1条通で南北に、太友堀(創成川)で東西に分けた。この構想に基づき、岩村判官は、60間四方の格子割による街区構成を利用して、街の中央には58間幅の大通りを設定。北を官用地、南を民間の住宅・商業用地として本格的な街づくりを進めた。この時、火災の延焼を防ぐため南北を隔てる大規模な火防線が設置され、これがのちの大通公園となる。また、大通公園と創成川の交差点が、札幌の住所の起点となっている。

大正期 ~札幌区から札幌市へ

大正7(1918)年に路面電車が運行を開始。大正11(1922)年8月1日には市制が施行され、都市計画法、市街地建設物法などが街づくりに適用された。近隣町村との度重なる 合併・編入によって市域が拡大されるとともに、都市の近代化が進行した。

昭和期 ~オリンピックで開発が加速

昭和20(1945)年の終戦とともに、札幌は発展の時代を迎える。北海道開発局が設置され、北海道総合開発計画第1次5箇年計画の策定とともに、本州の大資本が札幌に流入してきたため、ビジネスエリアとしても急激に拡大した。昭和47(1972)年にはアジア初の冬季オリンピックが開催され、地下街の完成、地下鉄南北線の開業により、交通インフラも拡充。同年に政令指定都市に移行し、街づくりが加速した。

平成から現在 ~機能更新が必要に

平成15(2003)年のJRタワー竣工を機に、ビジネスエリアの中心地は従来の大通からJR札幌駅周辺へとシフト。平成23(2011)年には札幌駅前通地下歩行空間が開通し、札幌駅周辺のアクセスは一層利便性を高めている。一方で、冬季オリンピックから40年余を経過し、当時整備された街のインフラは更新が必要な時期を迎えており、また景気低迷期を経てオフィスビルの新規供給も抑制傾向にある。そんな中、札幌市は11年後の冬季オリンピック誘致に再び名乗りを上げた。実現すれば、ハード・ソフトともに再開発が一気に進むことは間違いないだろう。

札幌駅(過去と現在)

【参考】札幌市HP 道路建設の歴史 http://www.city.sapporo.jp/kensetsu/stn/doroshiryo/rekishi.html
【写真2・4出典】札幌市中央図書館 デジタルライブラリー http://gazo.library.city.sapporo.jp/

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上記の記事の内容は オフィスジャパン誌 2015年春季号 掲載記事 掲載当時のものです。

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