大阪はもとより、日本全国から、そしてアジアから、1日15万人が訪れる
「奇跡の商店街」 心斎橋筋商店街
江戸時代より400年の歴史を誇る商人の街・心斎橋筋。「グランフロント大阪」のオープンで話題の「梅田」をはじめ、「難波」「天王寺・阿倍野」などの繁華街に周囲を囲まれながら、廃れるどころか関西でも指折りの商業ポテンシャルを誇るこの街の秘密を探る。
心斎橋筋商店街振興組合
理事長 竹田 行彦 氏
老舗からカジュアルへ 変貌する街
大阪一の目抜き通りである「御堂筋」から、東へ一筋。北は地下鉄心斎橋駅のある長堀通、南は宗右衛門町通までの全長約580mのアーケード街に大小あわせて140店舗が軒を連ねる、それが「心斎橋筋商店街」だ。
大型店舗は大丸心斎橋店などがあるが、その他は間口4~5m、奥行30m程度の店舗が大半を占める。しかし、この街は、土日やアフター5はもちろん、平日の昼間さえも絶えず賑わいを見せ、1日平均15万人もの集客力を誇っている。
「かつては老舗街として知られた心斎橋筋も、一時は訪れる人が減った時期がありました。今の状況へのターニングポイントとなったのは2009年のことです」、そう語るのは心斎橋筋商店街振興組合理事長の竹田行彦氏である。
「2005年に、新生そごう心斎橋本店が老舗の街の店として40代をターゲットにした店づくりで再オープンしたのですが4年ともたなかった。その物件を買い受けた大丸が、北館のオープンにあたってマーケット・リサーチをした結果、予想外に若者の来街者が多いことがわかったのです。そこで10代後半から20代前半の女性をターゲットにした衣料品・雑貨に特化したフロア『うふふガールズ』をつくったところ、これが大当たり。それが変化の大きなきっかけであり、その集客力が呼び水となって、ユニクロやZARA、H&MなどのファストファッションのSPAが次々に出店し、現在のカジュアルを中心とした商店街の店舗構成ができあがったのです」〔竹田氏〕。
資産価値上昇で 商店主からオーナーに
こうした外的要因に加え、商店主たちにとっての内的要因もあった。もともと心斎橋筋は、先祖代々400年も続く商人の街として、土地所有者が商店主として商いをしていた。老舗街として、かつては呉服屋や草履屋もある普通の商店街だったが、時代の流れとともに商売環境は厳しくなっていった。
「例えばミセス向けの衣類など、個店で商品を十分並べられるほどそろえることが難しくなってきました。このままでは個人の商店だけでなく、街全体がジリ貧だという意識が広がっていました。そこに先ほどの新しい波がやってきて、所有店舗の不動産としての資産価値が上がった。これなら自分たちで商売するより、不動産オーナーとしてテナントに貸した方がメリットがあると気付いたのです」〔竹田氏〕。
現在、店舗のオーナーが自ら商売しているのは商店街の中でも十数店舗だという。
だが、ただ闇雲にテナントを入れても、十分な家賃収入が得られるとは限らない。商店街全体の資産価値を上げることが良いテナントの誘致につながり、それが魅力的な街づくりに貢献するという正のスパイラルを作り出すことが重要だ。しかし、以前は店を貸すときは、地場の不動産業者に斡旋を依頼するのが常だった。そこで振興組合では、世界をターゲットにするような大手と付き合って情報を集めることを組合員に推奨してきたという。
「我々はSCではなく、あくまで個人オーナーの集まりですから、誰が誰に店を貸すかをコントロールすることはできません。ただ歴史のあるこの土地に愛着があり、より良くしていきたいという思いは共通していました」〔竹田氏〕。
その言葉通り、心斎橋筋には海外からの日本初上陸、関西圏や西日本初といった店舗も少なくない。毎年、7~8%の店舗が入れ替わっている中で、テナント募集の張り紙などは見られず、それ以前に水面下でほとんど決定してしまうという。
中には同一ブランドが複数出店していることもある。それほど街の購買力がある証明だろうが、テナントサイドにとっては、空店舗にライバルブランドに入られることを避ける目的もあるようだ。
街を活気づかせる 数々の施策
いくらテナントにブランド力があっても、それがイコール商店街の魅力になるとは限らない。心斎橋筋では、その資産価値を高めるために、いくつもの施策を実施している。
そのひとつが、訪れる人がおしゃれを楽しみながら街を楽しむ=「心ぶら」を実現するための取り組みである。例えば、『心斎橋を歩く地図。』というタイトルのB6サイズのリーフレット型のMAPには通りにある全店が、イラストとともに業種別に色分けされて掲載されているほか、写真を多用して街の楽しみ方を提案している。
また、外国人観光客向けにはポケットサイズに折りたためるMAPを用意し、英語、中国語、韓国語で店の紹介を併載するという力の入れようだ。さらに、商店街アーケード内に無料でインターネット接続出来る「Wi-Fi」設置や心斎橋筋商店街公式スマートフォンサイト「しんさいばしナビ」の配信等をいち早く実施している。
こうした施策の中でも特筆すべきなのが、大阪市初の「景観協定」の認可だろう。風俗営業の禁止の他、店舗壁面のデザインや屋外看板、立て看板の規制などが盛り込まれている。心斎橋筋を歩くと、全体としての統一感を感じるのはこのためだ。
本来、こうした協定は、オーナーにとっては自らの利益を減らすことになるため、まとまりにくいものである。特に角地の壁面は有効な広告面となるため、掲出費としてかなりの額の収入が見込めるからだ。
「振興組合では、オーナー、テナント双方とのコミュニケーションを密にとることを心がけています。様々な施策も、こうした話し合いの中から出てきたものなのです。景観協定についても、準備には6年を要しましたが、実際の説明会から署名・捺印の回収までは、わずか6ヶ月で済みました。これも、140軒全ての土地オーナーと各テナント、合計400近い利害関係者を把握していたこと、さらにコミュニケーションをとっていたことが、短期間での実現を成功させた鍵でしょう」〔竹田氏〕
世界を見据えた 商圏設定が功を奏す
こうした努力の結果、2012年9月~2013年8月までの1年間で、約5,267万人の来街者数を記録した。単月では2013年3月に492万人と、500万人に迫る勢いだ。
「夏休みや冬休みはもちろんのこと、ゴールデンウィークなどの長期休暇の時期には、この周辺の駐車場は他府県ナンバーの車ばかりになります。それに普段でも、中国、韓国、タイなど、アジア系外国人観光客の姿も目立ちます。それほど心斎橋は超広域の商圏を持っていますし、意識もしているのです」〔竹田氏〕。
今年4月のグランフロント大阪の開業も、客足に大きな影響はなかった。難波やアメリカ村など周辺商業地の発展も、むしろプラスに作用している。例えば、アメリカ村にデンマークの有名な低価格雑貨チェーン「タイガー」が出店した際、入場制限待ちの主婦たちが、大挙して心斎橋筋に訪れたという具合に。
「心斎橋筋1拠点の集客力には限界があります。ですが、ラグジュアリーなら高級ブランド店が集まる御堂筋、カジュアルなら心斎橋筋、ヤングのアメリカ村といった棲み分けというか、面的な多様性があることで、新たな回遊性が生まれ、結果として老若男女、誰もが楽しめるエリアになっているようです」〔竹田氏〕。
代々、商人として受け継いできた商売と決別する辛さを乗り越えながら、こよなく愛する商店街をもっと素晴らしい街にしたい、というオーナーたちの心意気が、心斎橋筋の変化の源であることは間違いない。こうしたのびしろが期待できるからこそ、テナントも安心して出店できるのだろう。
「街は変化してこそのものであり、完成形はありません。今後、耐震化などで、古い建物の改修が増えてくるでしょう。そうした時をチャンスとして、商店街みんなの力で、より魅力を発揮する街にしていきたいと思っています」振興組合のまとめ役である竹田氏の言葉には、強い決意が感じられた。