はじめに
リテール業界は新型コロナウイルス(COVID-19)による影響が特に深刻なセクターの一つであり、消費者心理の悪化や営業期間の短縮、地域観光業の減速によって、すでに多額の収益を失っている。流行がいつ収束を迎えるのか予想するのは困難だが、多くの疫学者は2020年上半期中には事態が収束するとみている。2003年のSARSの流行を踏まえると、2020年下半期には市場は回復する可能性がある1。最も大きな影響を受けている中華圏では、裁量的消費が大幅に落ち込んだ。従来なら旧正月商戦が繰り広げられる1月末から2月にかけて、多くの小売店やショッピングモールが一時休業や営業時間の大幅な短縮を余儀なくされ、食品・飲料、ファッション、エンターテイメント(特にジムや映画館)、ライフスタイルセグメントへの打撃はとりわけ深刻である。
その他の地域でも、中国本土からの直行便の運航停止や流行が問題となっている都市との往来の制限により、中国本土からの旅行者が激減し、シンガポールや東京、ソウルといった主要地域市場の小売店やショッピングセンターに影響を及ぼしている。
しかし、リテール業界全体で見ると、コロナショックは必ずしも悪い話ばかりというわけではない。多くの市場において消費者は必需品をオンラインで購入せざるを得なくなり、オムニチャネルで食料品を販売するリテーラーや食品・飲料を扱うプラットフォームは売り上げを急増させている。こうした動きが、リテール業界に長期的な影響をもたらすと考えられる。
CBREリサーチがレポートする本稿では、リテーラーと不動産オーナーがCOVID-19の流行に対してこれまでどのような措置を講じてきたかを考察し、リテール不動産市場に持続的な影響をもたらす可能性のある長期的な対策を特定する。
図1 SARS流行時の中華圏およびシンガポールにおける小売売上高の前年比変化率(前年比)※
1:Why the Coronavirus (COVID-19) Outbreak Could Have a Lasting Impact on Real Estate、CBREリサーチ、2020年2月
短期的な対策
1買い物客と従業員の安全性向上
中華圏で事業を展開する多くのリテーラーが、COVID-19の流行を受けて店舗を完全に閉鎖し、一部のショッピングセンターも休業や営業時間の短縮を行っている。営業を続けている店舗やショッピングモールは、衛生環境の改善や体温に異常がある人を検出するため、入口に温度センサーを設置するなどリスク軽減戦略に重点的に取り組み、従業員や顧客に安全で健康な環境を提供することが求められている。
商品の配達を行うリテーラーは、注文品を指定された場所に置いておくという受取方法で非接触型の配達に対応している。これにより、人と人との接触が最小限に抑えられる。フードデリバリー会社の美団は、1月26日から2月8日までに中国本土において同社が受けた注文の80%以上が、非接触型の配達を希望するものだったと報告している2。
2:Business Insider、2020年2月19日
図2 食料品のオンラインショッピングが急激に加速
2社会的責任の表明
中華圏では、一部の不動産オーナーが、優良顧客への配慮を示すための対策を講じている。広州ではK11が医療グループと協力し、大口テナントを対象にWeChatで無料オンライン医療相談を行っており、香港特別行政区では華人置業集団がロイヤルティプログラムの会員にフェイスマスクを配布している。
3食料品および食品のオムニチャネルプラットフォームの強化
従来型の実店舗を運営するリテーラーの多くが苦境に立たされる一方、特に食料品および生鮮食品関連部門ではオムニチャネルプラットフォームを展開するリテーラーの売り上げが急増している。JD.comは旧正月中に生鮮食品の売り上げが前年比400~500%増を記録した3。デリバリーへの影響の背景には、需要の急増、倉庫の衛生管理、従業員不足、感染地域への出入りの制限など、さまざまな問題がある。
3:Food Navigator – Asia.com、2020年2月12日
図3 中国本土では鍋料理のデリバリーが注目を集めている
オンラインでの食品のデリバリーに対する需要が急増したのは、多くの人が外食を控え、一時的に休業するレストランもあったためである。シンガポールのDeliverooでは1月27日から2月16日までに注文が20%増加した 4。韓国では地元食品デリバリー会社のヨギヨが、1月6日から1月21日までと比較して2月1日から2月16日までに配達が11%増加したと報告した5。ここ数週間はデリバリーに関する情報を求めるレストラン事業者からの問い合わせも増加しており、多くのグループがこの形態での販売を検討していることがうかがえる。
4:Singapore Business Reivew、2020年2月21日
5:Pulse News.com、2020年2月20日
図5 中国本土の一部不動産オーナーによる賃料の引き下げ
4賃料および賃貸条件の見直し
賃料相場は下落圧力が強まっている。万達や華潤、新城、太古地産、新鴻基地産など、中国本土および香港特別行政区の大手リテール不動産オーナーは、テナントの負担を軽減するために、賃料の一時的な引き下げを発表した。
シンガポールでは、Mapletree Commercial TrustがVivoCityの一部のテナントに賃料の割引を提案し、Jewel Changi Airportは同施設に入居する食品・飲料事業者に賃料の割引を行っている。CBREリサーチは、状況が改善するまでこうした傾向が続くと見ている。ソウルでは2月末までに300社以上の不動産オーナーがテナントに賃料の補助を伝えている。賃料の割引以外には、後で販促に利用するための商品やキャッシュクーポンをテナントから購入するなど、双方にとって有益なスキームが検討されている。
5地域の業績に対する影響への備えと事業の再開
2020年上半期の市況減速は不可避であるが、リテーラーには、そこからの回復を目指すために2020年下半期には売り上げと販売力強化を優先することを勧めたい。2020年下半期には、多くのリテーラーが2020年第1四半期の店舗閉鎖によって販売できなかった過剰在庫や季節外れの在庫を減らすために、大規模なアウトレットセールやフレッシュセールを行う可能性が高い。地域内での流行の拡大が続き、引き続き旅行消費に大きな影響が及ぶようであれば、リテーラーは地域の事業計画にも優先的に取り組まなければならないだろう。Keringは、最近、新型コロナ収束後の消費支出の急反発を見越し、2020年下半期に中国本土でのマーケティング費用を拡大する計画を発表した。特にドラッグストアやラグジュアリー、ジュエリーセグメントなど、旅行者に重点を置くグループについては、各店舗の販売力を見直し、店舗網を最適化することも必要になるだろう。
長期的な対策
1新たなオムニチャネル戦略の採用
長らくオフラインチャネルに依存してきたリテーラーは、オムニチャネル機能を強化しなければならない。Hermèsは2020年3月に香港特別行政区で公式オンラインプラットフォームを立ち上げ、顧客がいつでも商品を購入できるようにした6。CBREリサーチは、オンラインへのシフトは長期にわたる構造的な傾向であり、リテーラーや不動産オーナーは買い物客をひきつけ、長期的に売上成長を維持するために、独自の魅力的な購買経験を提供することを迫られるだろうとみている。
図6 あるKOLが開催したライブストリーミングによる販売セッション
6:Hermès、2020年3月9日
エンターテイメントとEコマースを融合したライブストリーミングはますます人気が高まっており、これを利用するなら、リテーラーは「see now, buy now」(今見て、今買う)の文化を育み、商品について顧客に素早く情報を提供するとともに、購入への切迫感を持たせることができる。世界では多くのラグジュアリーブランドが無観客でファッションショーや新製品の発表を行い、それらを公式ウェブサイトやソーシャルメディアプラットフォームでライブストリーミングして若者に届けている。中国本土では、銀泰百貨が何百人ものキーオピニオンリーダー(KOL)とパートナーシップを結び、ライブストリーミングによる販売イベントを行っている。中国本土ではさらに、ソーシャルメディアプラットフォームを通じてライブストリーミングクラスを開催し、顧客へのサービスを継続しているフィットネスセンターもある。
食品・飲料業界に関しては、オンライン注文・配達サービスの強化に重点的に取り組むべきである。ほとんどのレストランは、いまだにオンライン注文を店内で処理しており、これはピーク時のサービス品質に悪影響を及ぼしかねない。解決策の一つとして、カジュアルダイニングやファーストフードレストランでは、集中的なキッチンや「ゴースト」キッチンを設置し、繁忙期のオンライン注文に対応するという方法が考えられる。長期的には、配達に特化した商品や配達に適した商品が新たに開発される可能性もある。
2健康と衛生環境の改善
CBREリサーチでは、COVID-19の流行によって、今後、ショッピングモールや小売店における不動産管理の重要性が高まると予想している。商業施設を、従業員と顧客にとって安全かつ清潔で換気が行き届いた環境にするための衛生対策などが、最優先課題となるだろう。
永続的な対策としては、施設エントランスへの手の消毒液の設置、エレベータのボタンなど買い物客が頻繁に触れたり使用したりする物や場所の定期的なクリーニング、買い物かごやショッピングカートの消毒などが考えられる。衛生管理や危険な可能性がある状況への対応について、店員に説明を行うことも必要となるだろう。
ショッピングモールや店舗の設計は、大型店舗の標準的な閉鎖型レイアウトから、緑地や屋外エリアを増やして通気性を高める方向にシフトしていく可能性がある。健康に対する意識の高まりは、特に食品・飲料業界のリテーラーにとって、健康的な商品の新ラインを展開するチャンスにもなるかもしれない。
3国境を越えたEコマースの強化
COVID-19の流行を受けEコマースの売り上げが急増したことで、オンライン経済への長期的な抜本的シフトに弾みがつくとみられる。アジア太平洋地域では、ほとんどの市場が中国本土および韓国からの渡航に制限を設けている。世界観光機関は、アジア太平洋地域における入国者数の下落率が約9%から12%になると見積もっている7。したがって、地域のリテーラーは、それらの主要顧客層との接点を維持するために、国境を越えたEコマースの機能を強化する必要がある。
図7 中国本土からの旅行者数と支出額(2018年/2019年)
7:世界観光機関、2020年3月6日
4企業間(B to B)Eコマースの機会の模索
COVID-19流行時の中華圏における医療用品の不足は、大きな懸念をもたらした。その解決策となり得るのは、中小企業のBtoB調達に特化したEコマースプラットフォームの増大である。リテーラーにとって、こうしたプラットフォームは、事務用品やケータリングサービスなど多様な商品を販売するチャンスになるかもしれない。
5配達の最終工程の能力開発
COVID-19流行時のオンライン注文の急増とそれに伴う労働力不足が、配達の障害となっている。しかし、独創的な方法でこの課題に対応しているリテーラーもある。香港特別行政区では、EコマースプラットフォームのHKTVmallが地元小売店に25ヶ所の荷物の受取場所を設け、住宅地では配達トラックを受取場所として活用し、配達の「最終工程」に対応することにより買い物客の利便性を高めている。地域のショッピングモールには、同様の方法で住民を集客するチャンスがあるとCBREリサーチでは見ている。ショッピングモールに受取場所を設置する、あるいはリテーラーによる付加価値サービスの宣伝に協力するといったことが考えられる。
図8 配達された商品を受け取るために並ぶ人々(香港特別行政区)
さいごに
20COVID-19の流行による長期的な影響について決定的な結論を出すのは時期尚早かもしれないが、今後のリテールセクターを左右する可能性のある課題が浮き彫りになったのは間違いない。リテール不動産のオーナーとテナントには、本レポートで取り上げた対策を検討し、この極めて困難な時期を乗り越えていただきたい。
CBREグローバルリサーチ
本レポートは、不動産市場のリサーチと計量経済学的予測を協働して提供する、卓越したリサーチャーネットワークであるCBREグローバルリサーチのアジア太平洋地域チームによって、2020年3月11日に発表されたものです。詳細については、お問い合わせください。
CBRE Global Research
VIEWPOINT, MARCH 2020
What the Coronavirus Outbreak Means for Retail Real Estate in 2020 and Beyond
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